従業員エクスペリエンス(EX)向上が顧客体験(CX)の向上につながる
仕事にやりがいを感じますか?あるいは自分の会社が好きですか?
こうしたフレーズは従業員のために存在しているように見えて、実は会社にとっても重要な要素です。
従業員エクスペリエンス(EX)を向上させ、自社を好きになってもらう、働きやすい環境に愛着を感じてもらうことは、接客・企画立案等あらゆる面で、顧客体験(CX)の向上につながっていきます。
優秀な人材を長く会社に引き止めておくためにも効果的であり、終身雇用制が当たり前ではなくなった日本で人的リソースを確保するためにも有効です。
派遣社員、アルバイト、パート等会社で働くすべて従業員が、一人一人のスキルを活かして会社に貢献したいと思える環境は、CXの向上と一本の道でつながっているのです。
本記事では、従業員エクスペリエンスやエンゲージメントを高める必要性について、そして、自社ならではの価値提供を従業員に対して行なっていくべき理由についてを、EXとCXの相関関係と、BtoE(Business to Employee)にふれながら書いています。
従業員エクスペリエンスの意図
従業員エクスペリエンスは、Employee Experienceの頭文字をとって「EX」と略されます。
従業員が会社で働いて得られる金銭的価値以外の「経験や体験」を意味し、顧客体験(CX)と同様に重視されるようになってきました。
EXが重視されるようになった理由としては、終身雇用制が当たり前ではなくなり転職を前提とする働き方が増えてきたこと、そして人的リソース自体が少子高齢化によって減少したこと等が挙げられます。
人材の絶対数が少子化によって減少していく中で、企業が自社に優れた人材を引き止めておくには金銭的価値以外にも働く魅力が必要とされます。従来よりも多くの人が転職を経験するようになった現代社会では、単に金銭的価値だけを追求しても、もっと資金力があったり高い給与を支払ったりできる企業へと人材が流出してしまうおそれがあるからです。
また、働き方改革によって働き方は多様であった方が良いという風潮が生まれたことも、EXの必要性の高まりに関係しています。副業をはじめていわゆる二足のわらじを履いて仕事をする、育児や介護をしながら働くといった形態に代表されるように、ワーキングスタイルの多様化によって金銭的価値は必ずしも絶対的なものではないと考える労働者も増えてきました。
コロナウイルスの感染予防としてテレワークが広がったことで、より多様な価値観が表面化したともいえます。
さらに、企業に対する評価や口コミがネットで簡単に投稿・サーチできるようになったことで、働きやすさやEXといった要素が会社の評価を押し上げる要素として機能することも注目すべきポイントです。
働きやすい環境づくりやEXの創出は、従業員への福利厚生的な要素にとどまらず、会社の成長戦略や評価伸長にも反映させることができます。
従業員のエンゲージメントを高める
EXには、従業員が仕事に対してポジティブに取り組める状態「ワーク・エンゲージメント」を高める効果も期待できます。
エンゲージメントが高くなると、従業員は仕事に対して貢献したいという意欲をもち、モチベーションを維持しやすくなります。
また、従業員同士が積極的にコミュニケーションをとることで業務が円滑に進むようになり、顧客満足度を高める接客や運営につながっていきます。
仕事に対して貢献する必要がない、自分は会社に対して何もプラス価値がないと考えてしまうエンゲージメントの低い従業員から、優れた顧客体験(CX)は生まれません。
例えば、従業員からのさまざまな申請やそれに関わる問い合わせをデジタル化して、何かと煩雑な申請業務から従業員を解放する、働く上で必要な制度や仕組みのインフォメーションをまとめた情報検索のポータルを提供して、困った時や知りたい時に各自がすぐに答えを得られるようなシステムを整備する等、働く上での利便性を追求することも、従業員の生産性を高める仕組みといえます。
さらに、ケースによってはモチベーションややる気といった要素を定量化するエンゲージメント・サーベイの活用が功を奏す場合もあります。
業務において自分に求められていること、期待されていることを改めて考え、得意なことや認められていることを可視化することによって、従業員は目的意識をもって仕事に取り組むようになります。資格や自主的な研修を応援するような制度をシステム化し、結果としてCXを向上させるような働きを奨励するのも良いでしょう。
従業員の一人ひとりがサーベイによって自身の仕事内容に責任をもつことで、個々のコミュニケーションが活発化し企業成長へとつながっていくはずです。
人材流出を防ぐ
EXがなぜ必要なのか、さらにいえばなぜ従業員が働きやすい環境、エンゲージメントが高まるシステムを整えるべきなのか、その答えには先に挙げた人材確保も含まれています。
従業員の働きやすさやモチベーションの維持は、優秀な人材を長く会社に引き止めておけるという点からも必須です。転職が当たり前になりつつある現代社会では、安定して優秀な人的リソースを確保しておくことも企業成長のポイントとなり得るからです。
新たな人材を一から育成するには、多額なコストが必要となります。育てた直後に転職で人材が流出してしまえば、会社は新たなコストをかけて次なる従業員を育成しなければなりません。このコストは積み重なることで成長を妨げ、企業戦略を阻害するファクターともなりかねないでしょう。
ライフスタイルや社会が変化してもこの会社で長く働きたい、と思ってもらえる環境が、EXにとっては必要です。企業に愛着をもち、働きやすい環境でモチベーションを維持して働いてもらうことを追求するのが、人材流出を防ぐEXの基本的な考え方です。
なお、ワーク・ライフ・バランスを推進し、従業員が働きやすい環境づくりを整備する時には、その延長線上にCXの向上を見据えるべきです。
従業員エクスペリエンス(EX)と顧客体験(CX)相関関係
EXを向上させるための取り組みは、顧客体験(CX)をよりよくするためにも作用します。
CXに作用する理由は二つの側面から考えることができます。
一つは、従業員を顧客やタッチポイント(顧客接点)とみなす考え方です。
例えば、数千人規模の従業員が在籍している会社の場合、企業はその数だけの潜在的な顧客やタッチポイントを有しているといえます。なお、この場合の従業員とは、正社員だけでなく派遣社員やパート、アルバイト等あらゆる形で会社に関わって貢献してくれる人材です。従業員は一人の人間であり、その数だけ生活があります。彼らの生活に何らかの形で会社の製品やサービスが関わる可能性が少しでもあるなら、従業員は会社のために労働する存在としてだけでなく、もっとも身近な顧客接点とみなすこともできるでしょう。
この考え方を展開させると、従業員はクローズドな環境に置かれた顧客の集団とみることも可能です。テストマーケティングやサービスのテストオペレーション等をまずこのクローズドな環境で試みるのも、会社の規模によっては有効でしょう。
二つめは、従業員にやりがいや働きやすさといったプラスの要因を得てもらうことで、円滑なコミュニケーションや企画立案をしやすい環境を構築して、それをCXに還元するという考え方です。
誰しも、いやいや接客するよりはやりがいをもって対応した方が良いサービスを生み出すことができますし、自分が会社の一員であるという自覚を従業員が持ち続けることでより良い施策が考え出され実現していく可能性は高まります。
これは特に、実店舗等の現場で働く従業員にとって特に重要なマインドです。現場の声がトップへ上がってきやすいシステムを作ることで、顧客のニーズをつかみやすくなるでしょう。
BtoEによる効果
BtoE(Business to Employee)という考え方は、新しい概念ではありません。
企業と従業員の取引を示すこのBtoEというワードは、従業員を大きなグループとして捉えるのではなく一人ひとりの個人として捉えることで働きがいや企業に対する愛着をもってもらうという姿勢につながります。
会社に貢献している人すべてを従業員として認識し、スキルや得意分野を発揮しやすい環境を整えることで企業のパフォーマンス自体が向上していくでしょう。
具体的には、顧客が訪れやすい、購買しやすい環境だけでなく、従業員が働きやすい環境をもあわせて考えていくということです。従業員の働きやすい環境やシステムは、顧客にとってもストレスを感じにくくスムーズに利用しやすいと想定されます。
反対に、顧客だけにフォーカスしたシステムを構築すると、従業員の動線に無理があったり現場では実行不可なシーンがあったりして、上手く動作しない可能性があります。
例えば、顧客向けに商品検索やオンラインショップのリサーチができるアプリをリリースしたとします。顧客はこれを使えばオンライン(倉庫)を含めた複数店舗で欲しい商品の検索ができますが、現場が各店舗限定の内向きなPOSシステムを使っていたら注文を受ける時に不手際が生じてしまう可能性があります。
顧客向けアプリと、他店舗横断的なシステムを追加搭載した従業員向けアプリを同時に導入すれば、顧客と従業員は類似のシステムの中で商品検索ができるので、接客や注文がスムーズに進行します。
デジタル化は、顧客向けにばかり目がいきがちですが、従業員や現場の接客システムも併せてアップデートしていくことで、より良い結果を得られる場合があります。
自社ならではの価値提供
自社ならではの価値を提供するというと、まず顧客向けのプロモーションやブランディングを考えがちです。
ですが、EXにおいては「会社に属していることで得られる体験」が、価値ということになります。
会社の一員であることを誇れるような企業である、接客する自分を好きになれる環境である、ということは、離職率を低くするのにも効果的です。
従業員をスタッフではなく、メンバーやキャスト等オリジナルの名称で呼び、独自性を確立する、コミュニケーションツールを導入してちょっとしたことを共有しやすい社内環境を整備する、といった取り組みは、価値提供の代表例です。従業員同士の表彰制度を作れば、仕事へのモチベーションも高まり個々の社員がより連携しやすくなります。「同僚に感謝される」、「自分のスキルを認めてもらえる」といったポジティブな感情が、仕事のやりがいやチームワークを築くための礎となるかもしれません。
在宅ワークでは、些細なことを相談したり共有したりできない環境が効率を下げ、従業員の心理的な孤立を作り出してしまう問題も指摘されています。
社内の連絡ツール等のデジタルシステムに、自社ならではの価値提供ができるシステムを組み込むことで、コロナ禍にも対応可能な社内環境を構築できるはずです。
真の働き方改革の鍵となる従業員エクスペリエンス
働き方改革は、コロナウイルスの流行によって急速に浸透し、多様化が進んだと捉えることができます。
働き方改革が提唱された当初は、時短や副業といった概念は、子育て世帯や介護と仕事の両立を模索する人のためのものと意識していた企業も少なくありませんでした。ですが、在宅ワークが浸透した今、多くの人が自分のワークスタイルについて考え、よりよい働き方や生き方について真剣に考えるようになっています。
さまざまな要因によって非正規雇用者や副業ワーカーは増えています。これからの会社は、正社員だけでなくこうした雇用形態の従業員にも企業への愛着をもってもらう必要があるといえます。
こうした現代社会において、EXは真の働き方改革であり、達成の延長線上にEXの向上、企業としての成長さえ見えてくる新しい時代へ飛躍するための鍵といえるのではないでしょうか。