循環型経済の加速化と小売業界の未来
循環型経済(サーキュラーエコノミー)は、SDGsのゴール達成を目指す動きとも連動して、新しい経済のあり方だと注目されています。
欧州では、市民の意識が循環型社会へとシフトしていることもあり、学校教育で環境問題を取り上げる等、国を挙げて様々な取り組みが行われています。
日本でも、循環型経済と廃棄しない製造販売モデルを確立するための5Rといったキーワードは徐々に認知され始めています。
ウクライナ侵攻や米中関係の悪化といったグローバリゼーションを阻害する問題が長引いている中で、循環型という新たなシステムを構築するのは困難な事です。
しかし、すでに社会は全世界的に変わり始めており、今後の小売を考えていく上では必要な概念となることは間違いありません。
本稿では、循環型経済の世界的な動向を紹介しながら、新しいモデルにおける製造、および販売のあり方を考えていきたいと思います。
無料メルマガ登録はこちら:ストアデジタルの今をひも解くメルマガをお届け循環型経済(サーキュラーエコノミー)を形成できるか
循環型経済(サーキュラーエコノミー)とは、「廃棄物や汚染をなくす」、「製品や素材を使い続ける」、「自然のシステムを再生する」という3つの原則によって定義づけられている新しい経済モデルです。
この三大原則を定めたのは、循環型経済を推進する英国のエレン・マッカーサー財団です。
日本ではまだあまり馴染みのないキーワードですが、世界では循環型経済の市場規模拡大が予測されています。世界的な統計調査機関は、2026年に循環型経済の市場規模が7,127億ドル(約94兆円)に達すると予想しています。これは、2022年の3,339億円から年率20%という高い成長率で算出されたもので、世界の注目度の高さが窺えます。
2023年以降は、環境への影響を考慮して自分の習慣を変えてでも環境配慮型の製品やサービスを選ぶ目的志向型の消費者が一定数増加すると見込まれていて、こうした層に選ばれる小売業となるには、循環経済を構築する事が鍵となります。
世界に目を向けると、消費者の意識はよりサステナブルに、そしてエシカルに傾いています。倫理的に正しい購買行動が支持されるこうした風潮の中で、循環型経済が注目されています。
「廃棄しない」経済モデル
循環型経済は、その名の通り「循環」という考え方を基本にしています。従来の経済モデルとの違いは、廃棄を前提としているか否かという点です。
循環型経済は、製品を作るために原料を調達する段階から再利用を前提とした原料選びを行います。
こうする事で、今まで廃棄されていた古い製品は再利用されて、また新しい製品の原料となります。
この経済モデルにおいては、再利用と循環の手法がより重要です。環境に配慮された原材料を用いるだけでなく、その原材料をどのように再利用して、無駄なく循環させ、廃棄物を減らすかどうかがポイントとなります。
3Rではなく5R
これまで、環境配慮を意識した経済といえば、3Rというキーワードが基本でした。
すなわちリデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)の3つのRを意識しながら製品を作り資源を使う事で、エコな経済活動ができるとされていました。
しかし、これからはこの3つの「R」に、さらにリペア(Repair)、リフューズ(Refuse)を追加した5Rを意識した循環型経済が求められていきます。
具体的には、修理や一部の部品交換をすれば長く使える製品設計を心がける事や、購入後のアフターサービスを充実させていくのがリペアで、廃棄になる元、例えばレジ袋や使い捨てカトラリーを用意せずにマイバッグやマイ箸、マイ食器を利用者に使ってもらう試みがリフューズです。
リサイクルを促すためのプログラムを実施する取り組みや、環境負荷の低減につながる商品ラインナップの拡充等は、3Rを意識する中で現在の小売業界でも広く行われています。
今後は、ここからさらに一歩進めて、製品のライフサイクル全体について考えていく事が求められます。
5Rの達成は小売業界だけでできるものではありません。特に、物流の最適化や製品設計の見直し、リサイクルに必要な技術の開発、リサイクルのための回収システムの構築と実働に関しては、自社だけでカバーする事はできず、製造業や物流業界等との連携が必要になります。
循環型経済を根づかせるためには、消費者への働きかけも不可欠です。消費者がサステナビリティに配慮した商品を選び、使い捨ての習慣を改める事が重要であり、そうした製品が支持される社会になって初めて、5Rは真に成功している状態と言えます。
廃棄量の削減はSDGs達成にもつながる
SDGs(持続可能な開発目標)における達成すべき項目「9, 産業と技術革新の基盤をつくろう」、「12. つくる責任、つかう責任」は、目標達成の手段として循環型経済が有効とされています。
さらに日本では、2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにするという、カーボンニュートラルな社会を目指す目標も設定されていますが、廃棄物の量を減らす事はこの目標のためにも有効な手段です。
環境省のデータによると、2020年の日本のごみ総排出量は4,167万トンでした。これは東京ドーム約112杯分に相当する量ですが、前年比では4.2%減少しており、リサイクル率は20.0%と前年比0.4%増加する等、ごみの全体量の削減はわずかながら進んでいます。
5R以外にも「ROT(土に還す)」や「Repurpose(手を加えて作り変える)」といった様々な取り組みを通じて、ゼロ・ウェイスト(廃棄しない)社会を実現していくのが今後の世界的な動きとなっていくでしょう。
循環型経済社会への移行
循環というワードは、経済だけでなく社会全体において共有すべき概念となりつつあります。特に、オランダやフランス、ドイツ、イギリスといった欧州の先進国ではこの考え方の元に様々な取り決めが施行されていて、若者の購買傾向にも影響を与えています。
さらに、ロシアのウクライナ侵攻により、両国を主な産地とする資源の調達が難しくなっているという背景もおさえておくべきでしょう。
すなわち、社会の風潮が循環型にシフトしているのは、人の志向がそうさせているだけでなく、循環型に舵を切らざるを得ない状況にあるという事でもあります。
米国でも、そうした分断による影響は顕著に表れています。米国は、バッテリー原料等これまで中国からの輸入に頼っていたレアアースを、なるべく自国あるいはFTA締結国で調達するように各企業へはたらきかけています。自国かFTA締結国から原料を一定割合以上供給した場合にのみ、補助金を支払うといった具体的な施策が出てきて、米国の企業はこれまで以上に循環型経済モデルの構築を急ぐと予測されています。このまま米中関係の悪化が長引けば、政府がさらなる施策を講じる可能性もあるからです。
ウクライナ侵攻の長期化だけでなく、中国と米国による独自経済圏の形成も、グローバリゼーションを阻害して分断を招いている大きな要因です。安定した生産基盤を構築するのが難しくなりつつある現状で、さらに循環型のサプライチェーンを作らなければならないとなると、困難に感じている企業がほとんどでしょう。
とはいえ、手をこまねいていると、社会の大きな流れから取り残される危険性も十分にあります。
事実、欧州では、市民レベルでのサーキュラー型社会(循環型社会)に向けた取り組み、啓蒙が行われている国もあります。
先進国欧州での浸透度は?
前述のように、欧州のいくつかの国は、企業というよりも社会全体で循環型のライフスタイルが取り入れられています。
フランスでは、2022年1月に世界で初となる洋服の廃棄禁止が決定されました。これは諸外国よりもフランスの廃棄物量が多く、またリサイクル率が低かった事を受けて制定されたものですが、これによりリサイクルや循環できる素材での製造が普及しています。
ドイツでも、同じように洋服の廃棄が問題視されています。具体的には、再利用が難しいとされる学校の制服を原則使用せず、なるべく制服の焼却や埋め立て廃棄を減らす努力がなされています。小さな事に感じられますが、ドイツでは生活を豊かにするために循環型経済へ移行するという概念が共有されており、循環型経済へのシフトに伴って労働制度の見直し、国益を追求しすぎない働きやすい社会づくり等が行われようとしています。
欧州で特にサーキュラー・エコノミーへの取り組みが進んでいるのはオランダです。小学校から環境教育が行われている国でもあり、世界で初めて国家として2050年までにサーキュラー・エコノミーへの転換を実現すると宣言した国でもあります。アムステルダムにある6つの人工島を循環型開発区域に指定する等して、サプライチェーンと人の暮らし、そして環境への影響を包括的に捉えた挑戦が国レベルで行われています。
EUを離脱した英国も、EU並みもしくはそれ以上に環境問題について取り組むという姿勢を掲げています。現在は、英国全体ではなく、イングランドやウェールズ、スコットランドと北アイルランドと4つの地域がそれぞれに環境目標を設定して、コミュニティに合った政策や取り組みが展開しています。
工業、食品、衣料等各分野での取り組み
工業分野では、リチウム電池の循環型シフトが顕著です。北米のリサイクル企業は、リチウム電池を破砕する技術を開発して、これまで手作業だった工程を効率化しただけでなく、リチウム、コバルト、ニッケル等のレアメタルを95%以上再利用可能な状態で回収できるとしています。また、工場の立地をサプライヤーの近くにする事で、回収の物流コストを大幅に削減する取り組みも行なっています。
日本の企業でも、廃品となった製品からリチウム電池を取り出して二次利用する技術が開発され、循環型経済を目指すべく計画が進められています。
現在は、タイヤやモーターのリサイクル技術を模索している企業が多く、これらのリサイクル率を高める事が課題となりそうです。
食品の分野では、過剰な包装やブラスチック容器が禁止されたり、パッケージを使わずに購入できる量り売りが一般的な購入方法になったりしている国があります。
また、飲料メーカーでは再生プラスチックの使用量を増やす等、リサイクルを前提とした容器づくりが進められています。
衣料品における循環型経済への動きは、前述のようにフランスやドイツで活発化しています。特に、世界的なハイブランドを多く輩出してきたフランスで衣料品の廃棄が禁止されたインパクトは大きく、アパレル業界では急速に循環型素材の採用や、製造過程の見直しが広がっていきました。
いずれにせよ、循環型経済は、売った商品をどのように回収するか、そのシステムの構築が不可欠です。工業、食品、衣料どの分野であっても、スムーズな回収のためにどのような企業と提携して協業していくべきなのかが、重要な選択になってくるでしょう。
循環型経済において、特に回収システムを構築する際は自社で丸ごと完結させようと思わない方が、安定した基盤づくりには役立つ場合があります。
サーキュラーエコノミーは世界全体が取り組む課題
循環型経済(サーキュラーエコノミー)への転換は、日本国内だけの課題ではありません。SDGsの設定目標が全世界で共有されているように、循環型経済が浸透するためには世界全体が同じような方向を向いて取り組まなければならないでしょう。
さらに、循環型経済は、自社だけのシステムで完結できるものではないという点もおさえておくべきです。リサイクル可能な資材の調達や、製品回収方法の構築にあたっては、自社だけの閉じられたシステムの中で検討するよりも、業務提携や異業種との連携を検討する方が得策と言えるでしょう。それぞれの企業が弱い部分をカバーしあうことで、互いにメリットを享受しあえる関係を作ることができるはずです。
全世界が大量生産大量消費から、無駄のないエシカルで循環する製品づくりを支持する今、その志向に合わせた製品づくり、流通システムも構築が求められているのではないでしょうか。