「ニューリテール2.0」アリババ経済圏の正体とは?〜SBクラウドセミナーレポート〜
去る10月18日(金)、株式会社ヤプリのオフィス(東京都港区六本木)において、SBクラウド株式会社と株式会社ヤプリが共同して主催するセミナー、「OMO最新テクノロジーセミナー~中国小売とモバイルマーケティング最前線~」が開催されました。
本稿では、同セミナーの中から、Nobby Ocean Consulting代表取締役 菊池信宏氏が登壇した「アリババニューリテール戦略の全貌~今とこれから~」より、内容を一部抜粋してご紹介します。
アリババ創業者のジャック・マーが「ニューリテール」を提唱してから3年、既に当時のコンセプトは過去のものとなり、アリババはさらなる進化を遂げようとしています。
軸足をシンガポールに起きつつ、中国のアリババ本社近郊でビジネスを展開している菊池氏だからこそ発信できる最新事例を交えながら、アリババの今、そして「ニューリテール2.0」の全貌が可視化された内容となっていました。
目次:
- 2019雲栖大会でリリースされた「ニューリテール2.0」
- 事例1、銀泰百貨店(INTIME)
- 事例2、リーニン(Li-Ning)
- 事例3、零售通(リンショウトン)
- ニューリテール2.0の正体は、ビジネスプロセスの「全て」をアップデートすること
- ニューリテールの可能性
- -未来ホテル(FlyZoo Hotel)
- -Fliggy(飛豚)
- -Funanモール
- どの産業の従事者も、ニューリテールは必ず定点観測しておくべき
登壇者プロフィール
野村證券、アクセンチュアを経て、株式公開専業の証券会社設立に参画。多くのスタートアップ企業の株式公開をサポート、スタートアップ投資などが専門。2011年日本を離れシンガポールにて起業・独立。2012年9月杭州郊外のアリババ本社近郊(未来科技城)に営業拠点を構え、中国富裕層向けビジネス開始。中国デジタルエコノミーの急速な進化に衝撃を受ける。アリババの革新的ビジネスモデルを中心に、中国テクノロジーの進化を日本の皆様にお伝えする情報サイトの運営を開始。「GloTechTrends」(運営元 Nobby Ocean Consulting)にて情報発信中。
2019雲栖大会でリリースされた「ニューリテール2.0」の事例
アリババが年に一度力を入れるテクノロジーの祭典、「2019雲栖大会(The Apsara Computing Conference)」というのがあるのですが、それが9月25日から27日で開催されました。その中日、26日に「ニューリテールサミット」というものが行われて、ここでアリババが「ニューリテール2.0」をリリースしました。
先に最近中国で注目されている事例を4つほどご紹介してから、ニューリテール2.0の定義をまとめたいと思います。
事例1、銀泰百貨店(INTIME)
これは百貨店のニューリテール事例です。インタイム百貨店の社長がニューリテールサミットに登壇した時に「インタイム百貨店は世界初の眠らない百貨店になりました」と語り、会場は驚嘆した雰囲気に包まれました。
もともとインタイム百貨店というのは2017年1月にアリババが資本を入れて配下に入れたのです。そこでアリババがテクノロジーアップグレードをかけて、いわゆるOMO戦略を推進しています。フーマーの百貨店版という感じですね。
実は米中貿易戦争の余波を受けて、今中国の消費は落ち込んでおり、2018年の決算では減収になっている会社が42%もある中で、インタイムは37%増収という突出した記録を出しています。
象徴的なのは「ミャオジェー」というアプリです。インタイム百貨店に行って「ミャオジェー」をDLすると、アリババ経済圏のデータと連携して、そこからオンライン注文やデリバリーがお願いできるようになるのですが、これが爆発的に伸びています。
お客さんが百貨店に行った時に、「重くて持ち帰りたくない」、という商品はQRコードをスキャンしてオンラインショッピングにすれば1時間以内にデリバリーしてくれる。お店に行かなくてもオンラインから注文すればデリバリーしてくれるという仕組みが大当たりしたのです。
なぜ伸びているかというと、22時以降、店舗が閉まった以降のオンラインでの注文がものすごく増えたからなんです。「眠らない百貨店」という言葉は、これを象徴したものなんですね。
それから、インタイムの中にあるピッキングロボットも、1時間でのデリバリーを支えるポイントです。まさに、第二のフーマーともよべる百貨店事例です。
事例2、リーニン(Li-Ning)
こちらも雲栖大会で紹介された事例で、ニューリテール導入後から株価が上がって、32.7%の売上増となっています。
リーニンは上海のお店なのですが、「ユンマー」と呼ばれるLBS(Location Based Service)を導入したデジタルマーケティングを導入しており、店舗の周囲3km圏内にいるリーニンのデジタルメンバーのお客さんが関連商品の決済をスマホで行うと、それを自動的に読み取ってリアルタイムで最適なクーポンを送る仕組みができています。「◯◯を買ったあなた、本日お店に来れば、1500円安いですよ」といったO2Oの広告ですね。
それから、デジタルメンバーが入店した際に顔認証によって、各ユーザーの嗜好情報をタグ付けするという実験を行なっています。何年代生まれで、どんな趣味があって、どんなファッションを買っているか、などをタグ付けすることで、適切な情報をリコメンドするわけです。
たとえばシューズの棚はデジタル化され、お客さんがシューズを取り出してスキャンすると、シューズの情報や在庫状況が出てくるのは当たり前なのですが、もっとすごいのは、もしシューズを買わなくても、それを試着したとか、手には取ったけれどやっぱり戻した、という行動がマッピングされることです。買った、買わないの真ん中の行動は、小売にとっては結構重要で、これをリーニンではずっと観察していて、どういった商品がもうちょっと売れるのかなどを把握して商品のレイアウトなどに活かしています。
リーニンはさらにもう一歩先に行っています。もともとリーニンは製造を外注していたのですが、社歴30年の中で初めて自社工場を作って、データを解析することで科学的にお客さんの嗜好性を把握して製造工程に反映させるというチャレンジを始めたのです。
ちなみに、昨年の雲栖大会では、ジャック・マーが「ニューリテール戦略は、5分間で2000着の同じ服を製造するよりも、5分間で2000種類の違った服を製造することが、より重要視されるような時代になる」と言っていて、リーニンはまさにそれにチャレンジし始めている、という事例です。
事例3、零售通(リンショウトン)
これが今、日本の企業に一番刺さる事例。アリババと話をしていても、「リンショウトンに対する問い合わせが非常に多いです」と言われます。
中国には、いわゆる「パパママストア」と呼ばれている、店主1人でやっているような小さな商店が600万店ぐらいあると言われています。従来はこの店主たちは、自分の勘に基づいて商品をどれぐらい仕入れるのかを決めて、地道なビジネスを展開していたわけですが、もし店主がリンショウトンを導入することを決めると、アリババのテクノロジースタッフがすぐに訪問します。それで、まずはじめに店舗の外観を綺麗にして、リンショウトンのアプリを入れるんですね。
リンショウトンはBtoBプラットフォームで、近隣にどんな人が住んでいて、どんな商品が売れるのかということをアリババのデータベースに基づいて、何を仕入れればいいかをレコメンデーションしてくれるんですよ。それで、パパママストアの店主はスマホでそれを見て「とりあえず買ってみよう」とポチッとすると、アリババのサプライチェーンから商品が送られてくるわけです。
先日パパママストアの店主と話したのですが、「すごいんだよ、本当にこの解析通りに仕入れると売れるんだよ」とおっしゃっていました。実際に、中国600万のパパママストアのうち、すでに150万店にリンショウトンが導入されているんですよ、わずか1年ぐらいで。
これをうまく活用しているケースが日本企業でも出てきています。例えば有名なのはUHA味覚糖です。UHA味覚糖のキャンディーはもともと上海とか北京で非常に人気のあるキャンディなのですが、彼らのサプライチェーンでは地方都市を取りにいけないんです。でも、2019年4月、UHA味覚糖がサプライヤーとしてリンショウトンに乗ると、4月~6月の売上が前年比5倍になったのです。UHA味覚糖がたった3ヶ月で5倍に伸びたということで、今アリババに問い合わせが殺到しているという事例です。
ニューリテール2.0の正体は、ビジネスプロセスの「全て」をアップデートすること
皆さんも様々な記事で目にしている、従来のニューリテールはこうでした。
- OMO:シームレスなショッピング体験で、オンラインとオフラインを融合させる
- ユーザー接点の多面化:チャットツールなど色々と使って、いかなる時でもユーザーとコンタクトできるようにする
- ビッグデータの解析:科学的にユーザーのニーズを把握する
- エンターテインメント:買い物のシーンを楽しくする
しかし、それがもうアップデートされたのです。現在のニューリテールの正体とは何か。商売を始める時、その基本取説が昔からあると思います。
- どういうブランド
- どういう商品
- どうやって作る
- どういうチャネルを活用する
- どうやってマーケティングする
- 店舗はどうする
- サービスはどうする
- どうやって物を運ぶ
- どうやって資金調達する
- どうやって組織をマネージメントする
- どうやってテクノロジー進化に対応する
全ての小売業者の方は、この商売の基本のところで悩まれていると思うのですが、これらを全部アップデートする、というのがアリババ経済圏の実態なのです。
OMOといった話が包括されていたのはニューリテール1.0で、それはあくまでも一要素に過ぎない、という話になってしまいました。アリババは、ここまで壮大に考えていたのです。
小売業だけではありません。金融基盤、インフラがあって、決済ができます。ローンもあります。物流もあります。ビッグデータを解析するためのクラウドもあります。デジタルマーケティングの会社もあります。これらが全部アリババのエコシステムの中にあって、あらゆる産業をアップデートしていくというのが今のニューリテールの真相です。
昔の商売は基本的に「モノありき」で、それをリアル店舗で売っていました。次にEコマースの時代が来ました。チャネルがオフラインからオンラインになっただけで、「Amazonエフェクト」が発生したわけですが、それも今は昔の話です。
今度は何が起きているかというと、これがニューリテールの本質なのですが、「消費者ありき」となりました。こういう人がここに住んでいるから、こういう商品をここに置けば売れるだろう、という分析をして、消費者ありきの仕入れをする。売れる場所はオンラインでもオフラインでもいいのです。
そして、プロダクトの生産も、消費者が欲しいものを科学的に分析して、それを製造工程に反映させて、大量生産ではなく、少量対品種生産に持って行きましょうという話になっている。
ニューリテールには金融業も含まれます。なぜかというと、お客さんがキャッシュレスで決済をしたら、お店にキャッシュが入るまでに40日とかのタームがあるわけですが、そのタームの中に例えば「独身の日」があるから、それに備えて今商品を仕入れておかないといけない、でも手元に現金がない、という局面があるからです。
そういう時に、アリババの金融会社のシステムが見ているわけです。「あなたは今手元にお金はないけれど、売掛があるからお金を貸してあげますよ」と。
このように、いろんなものがミックスされているのがニューリテール2.0です。この話は先月出てきたばかりなので、まだあまりメディアなどでは見かけないと思いますが、これからはこういう話がメインになってきます。アリババのニューリテールファミリーは、とにかくいろんな業界で様々な実験を行なっていて、将来的には全てのリテールがニューリテールと呼ばれるような構造に変わっていくということです。
こうなってくると、10年後には「ニューリテール・エフェクト」というものが必ず来るだろうと考えています。その時に、消費者データに基づいて様々な工程を作っていく、ということに対応しておかないと、その時点で負けてしまう可能性さえあるわけです。
ニューリテールの可能性
ニューリテールは、ありとあらゆる産業に融合していきます。そのような実験も今アリババが行なっています。
未来ホテル(FlyZoo Hotel)
例えば、ホテルとニューリテールの融合で「未来ホテル(FlyZoo Hotel)」という事例があります。これは、客室のAIスピーカーで窓を開けたりルームサービスを頼んだり、という体験ができます。
アリババが抱いている構想としては、ホテルというのは最高のユーザー体験スペースだから、ここで使ってもらうアメニティなどを気に入ってもらったら、AIスピーカーにそれを注文して買える、というような世界です。
Fliggy(飛豚)
もう一つ、旅行業とニューリテールを融合させた「Fliggy(飛豚、フリギー)」という事例があります。
フリギーはアリババの旅行サイトなのですが、そこで東京行きの航空券を買ったとします。すると、その旅行者用に「フリギーバイ」というEコマースサイトが開きます。これは、日本でわざわざ免税店に立ち寄る時間がもったいないから、出発前に商品をオンライン注文しておきませんか、というサービスです。
すると旅行者は当日お店に行けば免税手続きも終えてパッキングされた状態の商品をピックアップするだけで済みます。そこでユーザー接点ができるので、今日だけ使えるクーポン、みたいな展開もできます。
Funanモール
これは、シンガポールにおける越境ECとニューリテールの事例です。シンガポールは物価がすごく高くて家具も高いのですが、このFunanモールには、タオバオで売っている有名な家具店が10店ぐらい並んでいます。そして家具にはQRコードが付いていて、それをスキャンするとオンラインで決済できて、実際の家具は中国から届くので安い、という、越境ECとニューリテールが融合した事例です。Funanモールは近々マレーシアにもできると聞いています。
どの産業の従事者も、ニューリテールは必ず定点観測しておくべき
世界的トレンドはビッグデータとコンピューティングが両輪となったデータドリブンなビジネスモデルです。どうやってユーザーデータを使って新しいビジネスモデルを生み出していくかを考えないと難しいという時代になりました。そして、ニューリテールは壮大な構想なので、テクノロジーインフラがないと対応できません。
中国ではそれがどんどん進んでいます。さらに、ユーザーとの接点があれば全てが関係してくる話になってきますから、どの産業に従事されている方でも、ニューリテールは必ず見ておいた方がいいです。ニューリテールが提唱されたのは3年前ですが、今のコンセプトはもう全然違う。おそらく来年はもっとパワーアップしているはずです。
中国というと、ネガティブなイメージを持たれる方ももしかしたらいらっしゃるかも知れません。しかし、もう中国のデジタライゼーションは世界においてもかなり進んでいますので、ビジネスマンである以上、好き嫌い関係なく必ず追いかけなくては行けない対象になっています。ですので、定点観測は怠らないようにするべきです。