実店舗の価値を高める店舗戦略。継続のための施策をデータで可視化する
戦略は時代に合わせて変化します。
2019年以降、コロナウイルスによって、消費者の価値観や社会構造は大きく変化しました。これを契機に変化のスピードは加速の一途を辿っています。
本稿では、現時点における実店舗の価値について再定義を行い、成功を収めている店舗の実例や、物価高騰対策としての店舗運営戦略についてまとめています。
海外のトレンドを好機とした出店成功例や、ブランドの基本に立ち返ったコンセプトでオープンしたESGの視点を取り入れた新店舗など、持続的に向上していくためのマーケティングとブランド戦略について、次世代を見据えた事例を紹介します。
小売業界で見直される実店舗の価値
コロナ禍では、ECが大きく売上を伸ばしましたが、世界的に実店舗への客足は戻りつつあります。
これは自然に戻りつつあるのではなく、戦略的な取り組みの結果です。
ECが普及したからこそ、実店舗で商品を試し、選ぶという体験は「特別なもの」になりました。
このトレンドを踏まえた施策が消費者に支持され、店舗に足を運ぶ人の数が増えているのです。
店舗は、自社の商品がどのように利用されているか、あるいはどのような顧客層が自社商品に興味を持っているのかを知ることができる重要な場です。
現場のデータを収集する上で不可欠な存在であると同時に、商品を手に取ってもらい、ブランドを知ってもらえる場として機能します。
ECが担うことの難しいこれらの可能性により、実店舗は今その価値が見直されています。
体験型店舗の成功による実店舗回帰
ECでの買い物に慣れた消費者を実店舗へ引き戻した要因の一つは、体験型店舗です。
実際に商品を手に取り、試すことができるのは、ECサイトと比較した場合の実店舗の大きな強みとされてきました。
この最大の強みを拡張したサービスの提供によって、実店舗への足取りは戻っています。
特に戦略として成功したのは、試すことを単なる試用にとどまらず「新たな購入体験」として提供した店舗、ブランドです。
例えば、360度の没入型試着室を提供したり、実際の商品を使ってメイクやヘアケアができるブースを設置したり、商品を売ることではなく「体験してもらうこと」を主軸とした店舗は世界に成功事例があります。
海外の複合施設には、高級ブランドと低価格帯のブランドをあえて混在させ、定期的にワインショップや日帰りスパなどの施設を入れ替えることで、買い物にプラスαの価値を提供し成功した例もあります。
資材、物価高騰が店舗戦略にも影響
物価高騰は、消費行動に大きな影響を及ぼしていますが、店舗戦略を阻む要素にもなっています。
国交省の建築着工統計によると、2023年度の工事予定額は、2019年度から39%上昇し、45万3,000円(床面積1平方メートルあたり)となりました。
用地取得費も、東京都内の宅地・商業地については2019年度比で41%も上昇しました。
全国的に開発適地が減少しており、大阪府や愛知県など東京都内以外でも新規出店のコストは高騰傾向にあります。
この影響から、小売業界では大型店の開発が減少しています。
店舗面積1,000平方メートルを超える商業施設の新規申請は、597件ありますが、これは前年比4%減、10年前と比較すると14%減となる数字です。
これまで超大型店舗を積極的に新規出店してきた家電量販店も、建築費や用地取得費の上昇を理由に、出店ペースを落とし既存店改装に注力すると発表しました。
郊外に多くの大型ショッピングモールを開業してきた総合小売事業社も、2024年度には新規開業は行わないことを明言しています。同社は、26年もの間、積極的に新規開業を行ってきましたが、ここへきて投資を改装に回すという方針変更を行いました。
さらに、ビジネスホテル大手も、これまでは新規出店数を増大させる計画を推進してきましたが、今年に入ってペースを前年度4割減とすることを公表しています。
次世代の店舗戦略をどのように立てるのか
店舗運営には、継続的な戦略が必要です。
出店時に新規性があったとしても、出店後も継続的にマーケティングやブランド戦略を進めないと、安定した経営の維持が難しくなります。
継続のためには、リピート顧客を育成する、ブランドのイメージやストーリーを広くPRしてファンを獲得するのも有効です。
出店戦略
出店戦略は、国内外を視野に入れて検討すべきです。
日本ではそれほど流行になっていなくても、他の国に目を向けると需要が増えているという分野は多く、今秋、米国に40店舗めがオープン、マレーシアや台湾でも数十店舗が好調というリユース事業社は、地元従業員の育成も順調でこれからさらに売上を伸ばしていくと予想されています。
出店戦略を成功させるためには、店舗でのモニタリングと現場で得られたデータの分析が不可欠となります。
出店前には、予定地の人口構成やライフスタイル、競合店舗の有無といった要素をまず分析しますが、出店後は出店した店舗で得られるデータ(店内の行動履歴や販売データ、来店者の属性把握など)を適切に分析することで、次の出店予定やその店舗での効果的なマーケティング戦略を決定することができます。
マーケティング戦略
業界の一強的な存在であっても、マーケティング戦略に苦慮するケースはあります。
当初は事実上1社しか存在しなかったマーケットに、後続の企業が次々と参入してくるような場合、値引きキャンペーンなど価格競争に終始すると、マーケットの縮小が懸念されます。
こうした場合は、飽きられないような工夫をする、マーケットを牽引してきたノウハウを活かすといった自社の価値観を高める戦略が有効になるでしょう。
マーケティングは、世相や消費者の価値観による影響が大きい分野で、市場のトレンドから遅れると以前は奏功した戦略もうまくいかなくなってしまう可能性が出てきます。
コロナ禍は、分かりやすい例です。コロナ禍以前には、店頭でメイクを試したり、ひらけた場所に並んだパンやお菓子を訪れた人が直接見てトングで選ぶのは、通常の景色でした。
しかし、これらは「衛生的ではない」、「リスクを感じる」と敬遠されるようになり、現在はバーチャル試着や個包装、あるいはガラスケースの陳列が当たり前に行われるようになっています。
さらに、チェーン展開する飲食店の場合、見た目の一律化も重要になりました。
店舗ごとにサイズや品質の差が大きいと、消費者のSNS投稿などから疑問や不満が噴出し、顧客満足度を下げてしまうリスクが高まります。
反対に、オンリーワンなカスタマイズが可能な商品と宣伝しておきながら、パーソナライズな体験が不十分な場合も、SNSなどから検証され、顧客満足度が下がるおそれがあります。
不変を貫いて成功するマーケティング戦略はありません。持続的向上を目指すには時代の消費傾向を把握して、その風潮にマッチした内容にアップデートさせていく必要があります。
ブランド戦略
ブランド戦略は、「消費者から見たブランド像」と「自社のブランドストーリー」の両面を考慮して行うことが望ましいでしょう。
そこに、ESGの視点を取り入れると、現代の価値観により近づけやすくなります。
ESGとは、Enviroment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の頭文字をとった言葉で、企業が環境や社会、企業管理に配慮した事業活動や経営を意味します。
例として、大量消費と相対する価値観を提供するとして設立されたプライベートブランドは、ブランド初となる木造建築の店舗をオープンしました。
その店舗では、ESGの一環として、資源循環型、自然共生型、SDGsの実現を目標とし、国産材の積極的な活用、省エネ技術の導入によるCO2削減を目指しています。
国内の林業は、さまざまな要因で衰退しつつありますが、このブランドでは積極的に国産材を使用することで、需要の下支えと、適正伐採・適正利用をサポートするとしています。
工法に省エネ技術を組み込むことでCO2排出量の減少を目指すなど、店舗でブランドを体現する戦略がとられています。
このブランドは、今後も同様の店舗を追加オープンする計画を発表しています。
あるいは、リブランディングにより、従来のイメージを刷新する戦略も有効です。
リブランディングは、ブランドのメインターゲット層が高年齢化し若返りを図りたい時や、これまでのイメージを大きく覆したい時などに有効です。
実際に、中高年のブランドとされてきたアパレルブランドがリブランディングによって若い世代の認知度を高めたり、学生向けと見なされていたアクセサリーブランドが20代〜30代向けにデザインと価格帯の刷新を行い、成功した例もあります。
ブランド戦略は、企業の根幹に関わる施策を講じることがほとんどです。
そのため、「消費者からどう見られているか」という分析をしっかりと行い、アピールしたいイメージを効果的に伝えるにはどのような戦略が必要になるかを決定する必要があります。
エンドユーザーに届く店舗づくりを
コロナ禍では、足元商圏という5分程度で来店できる商圏に注力する企業が増加傾向にありました。
足元商圏は、10〜15分で来店できる範囲である一次商圏よりもさらに近距離の実店舗で、天候を気にせずに来店できるところがメリットでした。
移動が制限されていたコロナ禍では、超近距離商圏が消費者にとって価値のある存在でしたが、現在は別の視点でエンドユーザー(消費者)のニーズを洗い出し、新たな商圏を模索する必要があります。
ニーズの把握に役立つのは、データと的確な分析です。
変化のスピードがますます加速する現代の価値観を掴み、消費者に支持される店舗の継続的な運営を目指しましょう。