スーパーで広がる独自電子マネー。使われる理由と店側のメリット
電子マネーの種類が増え、複数枚を使い分けるのがあたりまえになりました。Suica、WAON、nanacoのように広く認知されているものに加え、スマホを使った新興のサービスも次々と登場しています。
ここでいう電子マネーとは、繰り返しチャージ可能な決済ツールの総称です。プリペイドのものが大半ですが、iDやQUICPayのようにクレジットカードとひもづけされたポストペイ式のものも含みます。これら電子マネーの多くは、いろいろな店で使える汎用性が特長です。
一方、ハウス電子マネーといわれるチェーン独自の電子マネーも急増中です。とくに食品スーパーでは、この1、2年で導入企業が一気に増えました。
ハウス電子マネーは、その店でしか使えず、店頭で現金によるチャージしかできないものが主流です。汎用性の高い電子マネーに比べ不便なようにも思えますが、ユーザーの利用率は決して低くはありません。
食品スーパーの店によっては、売上の6割以上を電子マネー決済が占めるケースもあります。200店くらいの大規模なチェーンで、平均4割以上という事例もあるほどです。
なぜ食品スーパーのハウス電子マネーが、これほど高い利用率になるのでしょうか?
以下のポイントに沿って考えます。
- もとからあるカード会員の基盤を活用
- 中心客層がハウス電子マネーに不便を感じない
- 店側にハウス電子マネーを使って欲しい理由がある
スーパーのハウス電子マネーとはどんなものか
まず、食品スーパーで導入が進むハウス電子マネーについて確認です。
多くは磁気ストライプかバーコードで読み取るタイプで、SuicaやWAONのような非接触式は少数派です。非接触式は、導入コストもカード1枚の単価も高いというのが理由です。
チャージ方式は現金のみがほとんどで、利用者は来店時にレジでお願いするか、備え付けの端末でチャージします。
チャージは現金のみというのは分かりやすいですが、クレジットカードや汎用型の電子マネーを使っている人なら不便な印象を受けるかもしれません。
わざわざ現金でチャージするのは手間ですし、その店でしか使えないカードをあえて持つことに抵抗を感じる人もいるでしょう。
電子マネーの利用率は平均20%、40~60%強の事例も
ところが、先にも触れたように食品スーパーでは電子マネー決済の構成比が6割を超える店もあり、そのような事例は全国各地に広がりつつあります。
もっとも、これらはまだ突出したケースであって、平均では15〜20%といったところです。それでも、多種多様な電子マネーが使えるコンビニの水準と大きくは変わりません。
ハウス電子マネーを導入したチェーンの多くが、まずは構成比30%を目標とします。決済に占めるキャッシュレスの比率がこの水準になると、レジ業務の効率化に効果が現れてくるといわれています。60%まで高まれば、レジを1台削減してもレジ業務のスピードは以前より早くなるといった報告もあります。
ポイントカードからの切り替えで浸透
食品スーパーでハウス電子マネーの利用率が高まる前提として、もともとあったカード会員の基盤を活かせることは重要です。ハウス電子マネーのほとんどは、既存のポイントカードから切り替える方法で導入されています。
食品スーパーの売上に占めるポイントカード会員の比率は高く、7〜8割に上ることも珍しくありません。スーパーが毎日の食卓に関わる食材を調達する、来店頻度の高い業態であることが理由でしょう。
店側はすでにある会員基盤を活かすべく、電子マネーに切り替える際はポイントカードの機能をそのまま継承します。電子マネーの機能は使わなくても、ポイントカードとして従来と同じように利用できるようにするのです。そうすることで、カードの切り替えはスムーズに進みます。
まずは電子マネー付きのカードを所有してもらい、あとは電子マネーだけの特典や販促を用意して利用を促します。
顧客の7~8割がカードを保有している基盤があるわけですから、うまくいけば電子マネー決済比率が5割を超えることも可能になるわけです。
スーパーでしか電子マネーを使わない客層に浸透
スーパーの利用客は女性が中心です。それも主婦が多く、スーパーの主要客層である50~60代の場合は専業主婦の割合も高まります。クレジットカードを持たない人や、所有していても少額決済である日常の買物に、クレジットカードを使いたがらない人が少なくありません。そもそも電子マネーを所有していない人も多いようです。
電車で通勤しないのなら交通系の電子マネーを持つ必要はありませんし、近くにショッピングセンターがなければWAONを使う理由もなく、コンビニをあまり利用しないシニアならnanacoカードも不要かもしれません。
そうした人でも、食品スーパーには足繁く通うことがあります。
ポイントカードからの切り替えをきっかけに、初めて電子マネーを使うようになるという層がいます。使ってみると、現金で支払うより便利と実感するようです。
クレジットカードを利用しないユーザーであれば、現金チャージの手間も気にならないかもしれません。その店でしか使えないとしても、もともと買物にはポイントカードを持参していたので苦にはならないようです。
店にとってクレジットカードはデメリット?
カード会員の基盤や主要客層の属性がハウス電子マネーの浸透に寄与しているとはいえ、店側の努力は欠かせません。店にとってはクレジットカードを利用されるよりも、ハウス電子マネーを使ってもらう方がメリットがはるかに大きいので、ハウス電子マネーの利用を積極的に促します。
食品スーパーにおいても、クレジットカードの利用割合は高まっています。また、店側にも現金の取り扱いを減らしたいという希望があります。ただ、クレジット決済の比率が高まることで、手数料の増加と売上金の回収が遅れるという問題が出てきます。
スーパーにおけるクレジット決済の手数料率は1~3%台といったところでしょうか。売上に対してこれだけの手数料率を払っていたのでは、スーパーの利益は吹き飛んでしまいます。食品スーパーの営業利益率はよくて3%台、1%台というチェーンも少なくありません。
また、クレジット決済の振込日は1ヶ月以上も後ろ倒しになることがあります。キャッシュフローの観点からも、クレジット決済の増加はチェーンにとってありがたいことではありません。
店は前払いで売上確保、顧客にはポイントで還元
一方、ハウス電子マネーを利用してもらうと、顧客がカードにチャージした時点で売上を確保できます。前払いで売上を確保できる仕組みは、店にとって魅力的です。チャージ金額に応じてボーナスポイントを付与するなどの施策でチャージを促します。
ハウス電子マネーは、チャージ金額の上限を5万円くらいに設定する場合が多いです。ボーナスポイントを付与するチャージの優待デーには、目一杯にチャージする顧客が増えます。なかにはカードを2枚作ってチャージする人もいるそうです。チャージ金額はかなりの高額になりますが、毎日のように使う店ですから、顧客としても使い切ることに心配はないようです。
多額のチャージは、その店での購入をコミットメントしたことを意味します。店にとってメリットが大きい分、利用してくれる顧客にもポイント付与などで最大限に還元できます。店舗とロイヤルカスタマーがお互いにメリットを享受できることが、ハウス電子マネーが浸透する最大の理由です。
決め手はストアロイヤリティ
一見すると不便そうなハウス電子マネーですが、来店頻度の高い業態特性を前提に、店にとっても主要顧客にとっても実はメリットが大きいことが分かります。だからこそ決済比率が驚異的に高まるケースも出てきます。
重要なのは、ハウス電子マネーの利用を周知徹底する努力であり、顧客への浸透度の差が、決済比率の差に現れます。
また、お店そのものが商圏内の生活者に支持されていないと利用は進まないでしょう。ポイント還元のメリットがどれだけあったとしても、生活者から「あそこの店は品質がよくない」、「あそこでは買物したくない」と思われていたら利用が増えるはずがありません。
顧客満足を追求し、ストアロイヤリティを高めることが、ハウス電子マネーを活かす王道です。
この記事を書いた人
宮川耕平
流通業界紙で12年にわたり記者として勤務。スーパーやコンビニなどの小売業のほか、食品、酒類、流通に関連するIT分野を幅広く取材。キャッシュレスやペーパーレス、働き方改革をテーマに活動中。