リアル店舗に挑む、ネット企業のチャネルシフト戦略-Amazonはなぜリアル店舗を展開するのか?-
2018年に一般公開されたAmazon GOは、オンライン企業であるAmazonが展開するリアル店舗として大きな話題となっています。2018年1月22日に1号店がアメリカのシアトルにオープンし、2021年までに3,000店舗に増やす計画であると報じられています。
なぜ、Amazonはオフラインであるリアル店舗を展開するのでしょうか?
今回は、「世界最先端のマーケティング企業」の戦い方を多角的に解説する一冊『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』奥谷孝司氏、岩井琢磨氏共著(日経BP社)を紹介しながら、今注目される「チャネルシフト戦略」について解説します。
【目次】
- Amazonに見る流通の変革
- チャネルシフト戦略とは
- 3つのフレームワークとチャネルシフトの最前線
-1.チャネルシフト・マトリックス - -2.顧客時間
- -ENGAGEMENT(エンゲージメント) 4P
- 今回ご紹介した書籍
Amazonに見る流通の変革
Amazonのリアル店舗の狙いとは
冒頭にもお話しましたが、オンライン企業であるAmazonはオフライン空間に進出し、以下のようなリアル店舗を展開しています。
- Amazon Books 書籍を販売店舗(2015年)
- Amazon Go 食料品や日用品を販売する店舗(2018年)
さらに、2017年には、オーガニック食品で有名な高級スーパーWholeFoods Market(ホールフーズ・マーケット)の買収を行っているのです。
Amazonはなぜリアル店舗を展開するのでしょうか。
単にオンラインからオフラインへの「販路の多様化」が狙いなのでしょうか?
いいえ、そうではありません。
Amazonの真の狙いは、オンラインを起点にオフラインに進出し、顧客とのつながりを創り出すことによって、「全く新しい小売体験」を生みだすことなのです。
これからは、リアルもオンラインも全てのチャネルの認識を「販売の場」から「顧客とのつながりをつくる場」へと変えていくことが重要であり、そのための戦い方が「チャネルシフト戦略」であると著者は説明しています。
チャネルシフト戦略とは
チャネルシフトとは
従来のチャネル戦略といえば、オンラインvsオフラインの対立を軸としたものでした。
つまり、顧客はオンラインかオフラインか、どちらかの店舗を選んでから買い物をするということが前提となっていました。
具体的にいうと、顧客はまず「店舗」を選び、そこで商品を選び、意思決定をして購入するというものです。
しかしながら、Amazonはオンラインとオフラインを融合させることによって、顧客が自由にチャネルを選択し、購入する、というふうに考えました。
チャネルシフトとは、このようなオンラインとオフラインにまたがるチャネル融合のことであり、オムニチャネルとも、またOMO(Online Merges with Offline)とも呼ばれています。
「チャネルシフト戦略とは」
- オンラインを起点としてオフラインに進出し、
- 顧客とのつながりを創り出すことによって、
- マーケティング要素自体を変革しようとする「戦い方」
オンラインとオフラインの壁を乗り越えるフレームワーク
それでは、チャネルシフト戦略において、どのようにしてオンラインとオフラインの購買活動が連携していけばよいのでしょうか?
3つのフレームワークを基に、最新理論・事例を交えながら説明をしていきます。
3つのフレームワークとチャネルシフトの最前線
1.チャネルシフト・マトリックス
チャネルシフトという概念を分かりやすく捉えるためにマトリックスで表現したのが以下の図です。
顧客の選択(意思決定)を行う場を横軸に、購入を行う場を縦軸としてそれぞれオンラインとオフラインに分割した4象限マトリックスで表現されています。。
従来のオンライン企業は、選択も購入もオンラインで完結するので、「オンライン×オンライン(左上の象限)」となります。また、従来のオフライン企業は双方をオフラインで完結させているので「オフライン×オフライン(右下の象限)」となります。
これまでの「オンラインvsオフライン」という構図は、左上と右下の対抗軸での議論であったということです。
これに対してチャネルシフトは、左上の象限に軸足を置くオンライン企業が、従来の対抗軸とは異なる2象限(右上/左下)に進出し、オフラインに存在する顧客機会を争奪しようとする動きを指すことになります。
アメリカのレンタル・アパレルの事例
それでは、アメリカの新しいレンタル・アパレル企業である「LE TOTE(ル・トート)」の事例を紹介します。LE TOTEは女性向け衣料やアクセサリーのレンタルを行っています。
基本的には月額制で、59ドルからさまざまなコースがあり、アプリなどのオンラインで、決まった点数の中から自分の好みのコーディネートによりレンタルします。顧客は、送られてきた商品を着て、気に入ったらレンタル期間を延長したり、最大50%オフで購入することができます。
著者はLE TOTEのやり方を「あえてレンタルの形を取って商品を顧客のもとに送り込み、自宅というオフライン空間で選択させている」という見方をしています。
これはオンラインからオフラインへのチャネルシフトの一例といえます。
日本ではZOZOSUITがオフラインへ進出
日本のアパレル業界でも同じような動きが出始めています。スタートトゥデイは、2017年11月22日に採寸用ボディスーツ「ZOZOSUIT」の無料配布を発表しました。
この商品の目的はまさに、LE TOTEが進出しているオフライン象限への参入を意味しています。このボディスーツだけでは商品の選択はできないが、顧客が自宅でボディスーツを着用することで得られる詳細なサイズデータと購入履歴から、顧客の嗜好データを得ることができます。
このように「新しい購買体験」によって顧客とのつながりができ、顧客のデータが蓄積されれば、顧客に対してより提案の精度を高めることが可能になり、従来のアパレルビジネスのやり方である大量の見込み発注や生産と、それを売りさばくための販促活動は必要ないということになります。
チャネルシフトのフレームワークは、企業の戦略意思を読み取るツールであり、顧客を自らのチャネルに引き込むためには、意図的なチャネルシフト戦略が重要なのです。
2.顧客時間
それでは、自らチャネルシフトを起こすために、どのような視点でチャネルを設計すれば良いでしょうか。単にチャネルを移行させれば良いというものではありません。顧客視点に立ち、提供する購買体験を思い描き、その実現のために自社の強みを持つチャネルを組み合わせることが重要となってきます。
顧客の買い物行動における「選択」→「購入」→「使用」までのプロセスを「顧客時間」とし、オンラインとオフラインの双方のチャネルによって、どのような購買体験をデザインしていけばよいか、ということを考えてみましょう。
チャネルシフトを実践する企業が、時間と空間の壁をまたいで、どのように独自の購買体験を作り出しているのか、事例から解説します。
自宅(オフライン)での試着⇒オンラインで購入
2010年に創業した眼鏡販売のWarby Parker(ワービー・パーカー)です。この企業の特徴は、HOME TRY-ONと呼ばれる自宅での試着を行っていることです。
まず、オンラインのサイトで簡単な質問に答えると、Warby Parkerがその人にあったメガネをレコメンドし、サンプルを自宅まで送り届けてくれます。
届いたメガネは5本まで5日間試着することができるので、いろいろな服で様子を見たり、セルフィーで撮ってSNSで意見を聞いたりなど、自宅(オフライン)でメガネ選びの新しい体験をすることができるのです。
サンプルの中から気に入ったものを1本選び、ウェブサイトで視力検査結果をつけて注文し、サンプルを全て送料無料で送り返すと、選んだ新しいメガネが送られてくるという仕組みとなっています。
メガネは日用品や洋服のように、年に何度も購入する商品ではありません。いくら価格が下がったとしても、「失敗してもいいか」という気持ちにはなりません。視力検査の処方箋を伴うため、わざわざ店舗にいくという面倒さがある一方で、やはりどうしても、オンラインだけでは不安が残ります。そのような顧客にとって、Warby Parkerのチャネルは大きな価値があるのです。同じメガネを購入するにしても、チャネルデザインによって、従来とは全く違う購買体験を作り出しています。
著者によれば、Warby Parkerは、買い物行動のプロセスを「選択→購入→使用」から、「使用→選択→購入」へと組み替えたことにあるといいます。
ちなみにWarby Parkerはオフラインチャネルとして店舗展開もしているが、すべて試着専門だとのこと。さらに、Warby Parkerでは、メガネを1組買うと、発展途上国の人にメガネを1つ寄付されるという社会貢献をするなど、顧客時間を通じて、ユーザーとのつながりを強固にする仕掛けもなされています。
3.ENGAGEMENT(エンゲージメント) 4P
本書では、「顧客とのつながりは、企業と顧客の対話によって生まれ、『対話』は顧客から提供された行動データとそれに応じた企業からの提案である」と説明しています。
したがって、「つながり」が続くためには、顧客にとって
「提案を受け入れるメリット」 > 「行動データを提供するメリット」
であると感じられることが必要となります。
また、つながりを表す重要なマーケティング要素をENGAGEMENT 4Pとして以下を定義しています。
- Place 場所(チャネルを「顧客とのつながり」をつくる場に変える)
- Promotion 販促(つながりが販促を変える)
- Price 価格(つながりが価格を変える)
- Product 商品(つながりが商品を変える)
Price(価格)の一例として、本をリアル店舗で販売しているAmazon Booksが紹介されています。Amazon Booksの店に置いてある本には値段が表示されていません。価格は店内の端末などを使ってスキャンすると、「お得なプライム会員向け」と「非会員向け」の2つの価格が提示されます。そこにおいて、価格はメッセージを伴う情報として「体験」されるものだ、と著者は述べています。
顧客とのつながりがマーケティングを変える
以上のように、顧客とつながることで、顧客のステータスに合わせた最適な価格設定ができますし、最適なタイミングでの販促を行うこともできます。また、顧客の声や過去の行動データを生かした商品開発もできます。全ては顧客とのつながりから始まることなのです。
ただ、それをやるには、顧客と企業がつながらないと始まりません。そのために、顧客が企業とつながりたくなる体験とは何かを考える必要があります。その時に必要になってくるのがテクノロジーとの連携です。デジタルの力で、いかにオフラインの体験の質を高めていくのかに取り組む時代が来たと考えてもよいでしょう。
まとめ
これまでオンラインを軸に活動していた会社も、オフライン店舗で完結していた会社も、顧客体験を高めるために、ネットとリアルの壁を越えて新しい小売体験に挑戦していく時が来ています。
今回の書籍は、そんな時代において、オンライン起点のビジネスモデルの重要性と事例を体系的に学べる本に仕上げられたのではないかと著者は考えています。
マーケティングに関わる多くの方に、ぜひ一読をお勧めしたい一冊です。
今回紹介した書籍:世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略
著者紹介
■奥谷孝司(おくたに・たかし)
オイシックスドット大地COCO(チーフ・オムニチャネル・オフィサー)
1997年良品計画入社。店舗勤務や取引先商社への出向(ドイツ勤務)、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、2005年衣料雑貨のカテゴリーマネージャーとして「足なり直角靴下」を開発して定番ヒット商品に育てる。2010年WEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュース。2015年10月にオイシックス(現オイシックスドット大地)に入社し、現職に。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。2017年4月から一橋大学大学院商学研究科博士後期課程在籍中。2017年10月Engagement Commerce Lab.設立。日本マーケティング学会理事。
■岩井琢磨(いわい・たくま)
大広プロジェクト・マネージャー
1993年大広入社。インストア・プランナー、クリエイティブ・ディレクター、ブランド・コンサルタントなどを経て現職。流通業・製造業などの企業を対象とした、部署横断型の事業変革プロジェクト、企業ブランド再生および企業コミュニケーション設計プロジェクトを数多く手がけている。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。著書に『物語戦略』(共著、日経BP社)、『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(共著、日本経済新聞出版社)がある。日本マーケティング学会会員。