LTV向上につながるクロスユース 顧客の「個」を捉えた分析が必要
LTVを上げるのに有効な手段は、顧客を囲い込む事です。
PayPayのような金融サービスや、巨大経済圏を形成できる楽天グループのような大企業は、ポイント活用や全国展開のキャッシュバック・キャンペーンといった大掛かりな施策を展開する事で、クロスユース率を高め、LTVを高める事ができます。
特に、楽天ポイントはギフトコードAPIによってリアルタイムの調達ができる、即時抽選方式で消費者に楽しさを提供できるといった点からデジタル景品としての需要も高くなっています。
しかし、大多数の中小企業は、こうした大規模な戦略を展開する事ができません。
中小企業がLTVとクロスユース率を高めていくには、顧客目線に立った的確な施策展開が求められます。リベンジ消費で売上が戻りつつある現在、LTVとクロスユース率の関係性を紐解きながら、顧客の「いま」を捉えるデータ連携・分析について考えていく時を迎えています。
本稿では、顧客の視点に立つサービス設計について、デジタル施策を中心にまとめています。
LTVとクロスユース率の関係性
LTV(Life Time Value、顧客生涯価値)は、デジタルコンテンツに奪われがちな可処分時間、少子化といった諸問題によって「顧客減少」に見舞われる小売業にとって、重視すべき項目です。
LTVを向上させるには、顧客データを的確に扱い、ブランド価値を高めていく戦略が求められています。代表的な施策には、一度購入したものよりもハイグレードな商品の購入を促す「アップセル」、すでに顧客が買った製品に関連した商品やサービスの購入を促す「クロスセル」、商品改良とそれに伴う値上げ、購買頻度や継続年数を向上させるといったものがあります。
そして、効率よくLTVを向上させたい時、見るべき数字がクロスユース率です。
クロスユースは、1人の顧客が店舗・ECの両方で商品を購入するケースを意味します。
ECのみ、店舗のみで商品を購入する顧客と比べて、両方で商品を購入する顧客のLTVは高く、その差は3〜10倍とも言われています。 クロスユースは、1人の顧客が店舗・ECの両方で商品を購入するケースを意味します。
顧客視点でサービス設計できているか
クロスユース率を高める場合、顧客視点を持って使いやすい形態を模索する必要があります。
例えば、専用アプリの開発・リリースは顧客情報の管理がしやすいという面で、小売側にメリットがあると考えがちですが、消費者にとって便利な機能を搭載する事で、顧客にとっても利用しやすいアプリと認識してもらいやすくなります。
例えば、試着した後でイメージが違った場合に返品しやすいシステム設計、どのサイズを選ぶべきか迷った時に気軽にWeb接客が受けられるチャット機能の搭載、アプリから購入後のサポートが受けられる等、顧客が「アプリをインストールするメリット」を感じられるかどうかを主眼にすべきです。
顧客に明確なメリットを打ち出せないアプリは、アンインストールされやすいだけでなく、顧客満足度の低下、便利さが分かりやすい競合サービスへの流出を招きやすいため、明確なビジョンが必要になるでしょう。
また、別の角度から顧客の利便性を考えるという意味では、不正検知システムの導入が挙げられます。いくつかのECサイトは、転売のために買い占めを行うボットの検知システムを導入しており、購入したい人が購入できる体制を整えています。
買い占めに使われるボットは、実際に人が決済を行なっているように見せかける巧妙なものが増えています。高額転売は、裏バイト等も含めて社会問題化しており、企業も対策に追われています。転売されると、買いたい人が買いたいタイミングで購入できなくなるばかりでなく、商品の価値が損なわれる可能性も高くなるため、LTV向上やロイヤルカスタマー育成の障害となる前に手を打っておく必要があります。
持続可能なビジネスの課題
新規顧客に商品やサービスを購入してもらう場合、既存顧客の5倍のコストがかかるという、1対5の法則をご存知でしょうか?
この法則が真実ならば、ロイヤルカスタマーを育成する事は、未来のコストを削減するにも等しいと言えるかもしれません。
事実、日本は少子高齢化が進んでいて、顧客の全体数が減少していくのはもはや避けられません。1回きりの接客を繰り返しても一定の売上が見込めるという時代は、すでに過去のものとなっています。つまり少なくなっていくパイを獲得するためにも、長期的に顧客となってくれる消費者を育成していく事は必要です。
継続的な顧客というワードで思い浮かぶのがサブスクですが、サブスクも実施すればすべての顧客を囲い込めるという施策ではないため、事業者はECや店舗の利用状況に合致しているのかどうかを立ち止まって考える必要があります。
例えば、多くの人にとって一生に一度の買い物である住宅、買い替え頻度の少ない自動車という商品でも、リフォームや車検といったアフターサービスは必ず発生します。
また、住宅の設備や家具、自動車の消耗品といった部分に着目すれば、クロスセルの需要が見出せるはずです。
見逃しやすい機会をキャッチして、顧客を取りこぼす事なく継続的に顧客でい続けてもらう戦略が、LTVの向上には求められるでしょう。
店舗とECの相互利用促進がLTV向上のポイント
クロスユースの顧客は、購入したい商品がすでに決まっている時や、急いでいる時はECで購入し、試着等商品を試したい時には店舗を利用するといった使い分けを行っています。
また、商品の情報自体は、ECサイトやインフルエンサーによる紹介、メルマガや広告、SNSといったオンラインで得ている事が圧倒的に多く、デジタルでは分かりにくい商品のサイズや質感を試すために店舗を利用するという傾向が見えてきました。
言い換えると、クロスユースの顧客のほとんどは、オンラインで商品を見ているにも関わらず(その場で購入できる環境にいるにも関わらず)、店舗まで足を運んでいることが分かります。
顧客のこうした傾向やニーズを把握する事が、LTV向上計画の第一歩となるでしょう。
重要なのは、顧客の「いま」を肌感覚で理解する状態を常に保っておく事です。
特にECにおいては顧客と対面するシーンがないため、データから顧客像を分析してターゲットとズレた施策を続けていないか、以前掲げた指標から顧客の実像が離れていないかを細かく確認していく必要があります。
このデータ分析には、顧客サポートの対応履歴やコールセンターの事例、実店舗での接客といったOne to Oneのコミュニケーションと、ECサイトの行動履歴から取得できるデータを的確に組み合わせていく事が肝要です。
店舗がタッチポイントの起点に
顧客の「いま」を知るには、現場が一番です。消費者のトレンドは常に変化し続けているため、「いま」の傾向を知るためには、定期的にアンケートを取ってデータの定点観測を行うというような対策が重要になってきます。専用アプリや公式アカウント、Google Form等を活用すれば、アクセスが容易で答えやすい気軽なアンケートを実施できます。
アンケートは、商品やサービスをよりよくするために行われるべきであり、商品・サービスの向上に意見が反映されるのであれば、顧客は喜んでアンケートに参加するでしょう。
LTVの向上には、見込み客の開拓、新規客の獲得、顧客のリピート化とファン化というステップがありますが、はじめの一歩にあたる見込み客の開拓は「今まで知らなかった層に製品やサービスを知ってもらいやすい」という点で、店舗が起点となります。
また、リピート化やファン化という段階においてもOne to Oneの接客で顧客満足度を高めやすい店舗は、タッチポイントの強化において重要な役割を果たすはずです。
デジタル施策活用でクロスユース率向上
2023年は、飲食店や百貨店を中心にいわゆるリベンジ消費が期待されています。
リベンジ消費によって売上が回復した事で、その利益をクロスユース率向上に投資したいという動きも活発になってきました。
クロスユースがどれくらい進んでいるかを確かめるためには、EC、店舗等すべてのチャネルを回遊して調査する必要があるため、結果的に顧客の可視化に成功したという企業もあります。
例えば、EC利用がメインの顧客はA店を利用する確率が高い、B店を利用する顧客はEC化率が低い、C店とD店の顧客は他の店舗利用者に比べるとアプリの利用率が高い、といったCRM視点の詳細なデータも、同時に得る事ができます。
クロスユース率を上げるためには、顧客の全体ではなく一人ひとりを高精細に見ていく必要があるのです。
また、こうしたデータを蓄積するために有効なのは店舗にも積極的にデジタル施策を導入していく事です。
例えば、店舗の在庫や陳列をスマホやタブレットから見られるオンライン接客や、店舗スタッフが着こなしやトレンドアイテムをSNSに投稿してプロモーションするといった施策が、店舗とECを共に成長させていくためには求められています。
新規顧客開拓と既存顧客のロイヤル会員化
売上を上げるため、そしてLTV向上のためには、新規顧客開拓と既存顧客のロイヤル会員化を同時に進めていく必要があります。
新規顧客、既存顧客いずれにもアピールしやすく、店舗とECの連携がしやすくデータの取得も容易なシステムに会員ランクの設定があります
大手ECモールでも、出店する店舗に対して優良店とそれ以外の店舗を差別化する取り組みが出始めています。
しかし、実施すれば必ず顧客の囲い込みができるというものではありません。 会員システムやポイントランキング制には、前述の顧客目線が不可欠です。
顧客が「ランクが高くなってもメリットや嬉しさを感じない」、「クーポンが貯まっているけれど、セールの実施と大差がないように思えて使用したいと思わない」と感じれば、ロイヤル会員化はうまくいきません。
ゆえに、会員ランキングはすでにロイヤルカスタマー育成には大きく貢献しないと考えている専門家もいます。
一方で、米国の調査によると、消費者は実際よりもロイヤルティプログラムを過大評価しやすいという事実も明らかになっています。顧客にアンケートをとったところ、実際には月に約700円しか得をしないポイントシステムについて、顧客は約11倍に相当する7,700円も恩恵を受けていると感じていたそうです。商品やブランドのファンにまで成長している消費者であれば、特典を得られる満足感は、金銭的な物差しだけで測れる単純なものではないのかもしれません。
こうした心理をうまくつくロイヤルティプログラムを導入したり、リニューアルしたりする事で、現代のニーズに沿った顧客体験を作り出せるかもしれません。
実際に、米国はアパレルブランドを中心に会員向けの特典を充実させ、それを宣伝する事にコストをかける傾向にあります。
情報が溢れる中で売りたい製品やサービスに目を向けてもらうためには費用がかかるため、新規顧客の獲得費用は年々増加しています。
ゆえに中長期的に売上を伸ばすためには、コストをかけて獲得した新規顧客をロイヤル化できるかどうかが鍵を握っていると言っても過言ではありません。LTV向上の先には、企業としての成長戦略がつながっているはずです。