これからのリアル店舗が担う役割:パーソナライズとフィジカルな購買体験
コロナ禍を経たこともあり、消費者の購買チャネルは、オンラインに軸足が乗りつつあるように感じます。
しかし、このような状況だからこそ、リアル店舗はこれまで以上に重要なチャネルとなっていくと考えられます。なぜなら、どれだけテクノロジーが進化しようとも、フィジカルな購買体験を提供できるのは、(ポップアップなども含めて)リアル店舗をおいて他にはないからです。
もちろん、そうなるためには旧態依然とした店舗のままで良いわけではなく、時代に即した変化が求められます。その際に重要になるキーワードの一つが、「リアル店舗におけるパーソナライズ」です。
- 店内の行動データも取得できる時代
- なぜ、店舗でのパーソナライズが必要か
- パーソナライズで「商品をどう売るか」と考えるべきではない
- 店舗でパーソナライズできること
- 各業界のパーソナライズの現在地
- これからのリアル店舗が担う役割とは
店内の行動データも取得できる時代
これまでの時代でも、店舗でモノを売ろうとする場合、販売スタッフによる「パーソナライズ」は行われてきています。ただし、それは非常に属人的な、不確定要素の大きいスキルであり、加えて、どれだけ有能なスタッフであろうとも、顧客一人一人の嗜好や状況を把握して、それに合わせて対応できるようになるまでは一定の時間がかかっていたはずです。
しかし、AI/IoTの進化や5Gの実用化などによって未来のリアル店舗では、購買データのみならず、これまで取得が困難とされてきた店内における行動データが取得・蓄積できるようになります。さらに、同一顧客のオンラインにおける行動データを掛け合わせて分析することによって、誰が見てもベストな対応方法が瞬時に判断できる仕組みを作ることも可能になってきました。つまり、ベテランスタッフがいなくても、仮に顧客が初来店だったとしても、ある程度先回りしてベターな対応を実行に移すことができる、というわけです。
なぜ、店舗でのパーソナライズが必要か
それは、人間が最終的にはウェットなコミュニケーションを欲する生き物だからです。体温を感じさせるコミュニケーションは、もっとも深いエンゲージメントを生み出します。エンゲージメントが深まれば、顧客は継続的にそのプロダクトを利用してくれることに繋がります。
Amazonなどで買い物をすればわかるように、頻繁にプッシュされるレコメンド商品や李ターゲティング広告など、オンラインにおいて「パーソナライズに近いもの」は、少し前から行われています。しかし、それらに対して「鬱陶しい」とは思えど「深い感動」を覚えた人は少ないのではないでしょうか。
パーソナライズで「商品をどう売るか」と考えるべきではない
店舗に限らず、パーソナライズをサービスに取り入れる場合、「商品を売ろう」という意識は持つべきではないでしょう。もちろん、ビジネスである以上、最終的には売上に繋げるための施策であることは変わりません。しかし、まず考えるべきなのは、対象となる個人の顧客が、何をしたら喜んでもらえるか、ということです。
つまり、究極のパーソナライズの目的とは、顧客の「購買体験」を個人ごとにカスタマイズすることで感動を生むことなのです。
冒頭の項目でも述べたように、これまでオフラインと捉えられてきたリアル店舗も、今やオンラインに繋がったチャネルと考えれば、理論上はデジタルマーケティング的な手法を駆使して顧客体験を作ることが可能です。そして、それをリアルタイムで反映することができれば、その体験が生み出す感動はより大きなものになるでしょう。
店舗でパーソナライズできること
アウトプットが店舗内の様々なことに反映されるオンライン施策と考えれば、店舗におけるパーソナライズでできることは多岐に渡ります。その可能性について、以下で少し考えてみます。
来店を促すプッシュ通知
ジオフェンスやビーコンを用いて店舗の入り口付近を行き交う人々に対して、「思わず入店したくなる」コンテンツを、「顧客ごとに」変えて配信するというのは特別新しいわけではない手法ですが、これまではプッシュされるコンテンツは、クーポンやオススメの新商品など、顧客ごとに変わることはありませんでした。しかし、もしある顧客がずっと狙っていたけれどずっと在庫が切れていた商品の入荷をタイムリーに知らせるプッシュ通知が届けば、その人は別の用事で急いでいない限り、その店に入るでしょう。
来店を促進する施策に関しては、これまでも、時間帯や来店回数などに応じたインセンティブを用意することなどで実施されてきていますが、それらは基本的に店側でコントロールできる情報を用いています。しかし、パーソナライズでは、店側でコントロールできない情報、条件を用いて、顧客ごとの施策を打ち出せることがポイントになります。
店内におけるレコメンド
例えば、その顧客の好みに完璧にマッチするコーディネートを、店内にいる顧客が手に取った商品に合わせてプッシュできれば、その顧客の購買意欲が高まるだけでなく、アップセルにも繋がる可能性があります。
この場合、店内で購入に至らなくても、アプリなどでその提案がアーカイブされる仕組みがあれば、後日、オンラインでの購買に繋がるかもしれません。店舗の体験が最終的にチャネルを問わず購買に繋がる、というのは非常にOMO的な考え方です。そして、本来はそのようなパーソナライズができてこそ最高の成果に繋がる施策であるとも言えるでしょう。
対面接客
昔ながらの属人的な接客についても、精度の高いパーソナルデータに基づけば、究極の接客が可能になるかもしれません。相対する顧客が来店前にどこで何に興味を持ち、これまでどのような行動を取ってきたのか、それを把握し、さりげない形で接客に落とし込むことは非常に高度なパーソナライズです。
例えば、その顧客がすでにオンラインでお気に入りや決済方法を登録していたら、店舗ではそのことを重複して聞くような手間を省くことができますし、今でさえ、顧客もそれを望んでいるでしょう。
そのような「守り」の接客だけでなく、もちろん提案の全てが逐一好みに合致していたり、例えば店内のBGMを好みに合わせて変える、といったことも可能になるかもしれません。それらの体験が積み重なることで、顧客のエンゲージメントは高まり続けるのです。
商品そのもの
アリババの創業者、ジャック・マーは「ニューリテール2.0」の構想において「今後は5分で2,000個の同じ商品を生産するよりも、5分で2,000種類の異なった商品を生み出すことが重要になる」と語っています。
店頭で顧客が自らプロダクトをカスタマイズできるサービスは、アパレルブランドなどですでにあるものですが、顧客データに基づいて、その工数すら省いて自分の好みにマッチしたカスタマイズプロダクトが目の前に提示されるとしたら、それは素晴らしい顧客体験に繋がるでしょう。
各業界のパーソナライズの現在地
上記の項目で挙げた例は、あくまで理想的なパーソナライズの形を考察したものです。それを実現するには様々なハードルがありますし、規模の大きな企業にとっては全店舗で展開できるようなパーソナライズ施策を実現するには今しばらく時間がかかるでしょう。
では、現在各業界で実際に取り入れられているパーソナライズの事情はどのようになっているのでしょうか。
以下にいくつか事例を挙げたいと思います。
JINS BRAIN Lab.
2019年1月にOMOの実験店舗として上野駅にオープンした「JINS BRAIN Lab.」では、AIを搭載したスマートミラーによって試着した際の「メガネの似合い度判定」という体験を提供しています。先入観なしで、客観的なスコアを「購買の判断材料としてその場で提示する」というのは、ある種のパーソナライズと言えるでしょう。この試着データを蓄積することで、さらに様々なパーソナライズ施策に結びつけることもできそうです。
親橙里(チャンチャンリー)
アリババが2018年に中国・杭州にオープンしたショッピングセンター「親橙里(チャンチャンリー)」内のアパレル店舗には、AIを搭載したデジタルサイネージが設置され、サイネージの前に立った人物の体型を解析し、その人に合うコーディネートを自動的に提案してくれるそうです。これも、JINS BRAINS Lab.と同じようなコンセプトのパーソナライズの一種と考えられます。
三越日本橋コンシェルジュサービス
百貨店の強みである「提案力」を駆使して、モノを売ることでなく、顧客のニーズに徹底的に応えることにフォーカスしたコンシェルジュサービス。もともと「外商」と呼ばれる、一部富裕層に対するサービスとして磨いてきたものを、DMPやCRMなどを活用することによって、広く一般顧客にも提供できるようになったものと言えます。
コロナ禍の影響が出るまでは、三越日本橋では2020年度のコンシェルジュサービスによる50億円の売上増を目指していました。これは、それほどまでにパーソナライズされた提案は顧客のエンゲージメントを高め、結果的に売上に結びつくということの裏付けであると言えるのではないでしょうか。
平安保険 グッドドクターアプリ
中国の平安保険が提供しているグッドドクターアプリは、アプリそれ自体も中国の医療事情の課題を解決してくれる(オンラインで問診や病院の予約が可能)という点で重宝されているものです。しかし、特筆すべきなのは、アプリを通じて取得されたデータに基づいて、「パーソナライズされたセールス」を行なっていることです。
アプリユーザーの家族の状況などを踏まえて、適切なタイミングで、体温を感じる会話と、営業を超えたサービス(例えば病院にいかなければならないユーザーの子供を見ておく、など)を提供することで、アプリユーザーの平安保険に対するエンゲージメントは圧倒的に深まり、早い話が平安保険の大ファンになるといいます。これにより、顧客はアプリを積極的に使うようになるだけでなく、実際に選ばれる保険にもなります。
そして、さらなる顧客データが平安保険に集まり、平安保険は、そのデータをさらなる顧客体験の向上のために活用する、という、パーソナライズによる「正のループ」が出来上がっているのです。
これからのリアル店舗が担う役割とは
顧客接点は「テックタッチ」「ロータッチ」「ハイタッチ」という3つのレイヤーで語られます。一般的に、テックタッチはより不特定多数の顧客に対してテクノロジーを活用して効率よく接点を持つこと、ロータッチは1対多数、ハイタッチは1対1の接点とし、ハイタッチが最も深いエンゲージメントを生み出せるとされています。
これまでリアル店舗は、ロータッチ、もしくはよりハイタッチに近い接点として捉えられてきましたが、テクノロジーの進化によってテックタッチも活用できる場となりつつあります。そして、細かなパーソナライズが可能となった未来の店舗では、これら全ての接点を活用して、より深い感動を生み出すことができるはずです。
本稿の前半でも述べたように、結局のところ、人間は体温を感じるコミュニケーションを欲する生き物です。コロナ禍の自粛中に、それを実感した方も多いのではないでしょうか。
いつ訪れても、誰が対応してくれても、接するスタッフが、自分のことを深く理解してくれている上に、いつも的確な提案をしてくれるという心地よさ。それは積み重なるうちに自然と顧客をそのブランドのファンへと変化させる力を持っています。
繰り返しますが、その時に、その場で決済させることを目的にしなくてもいいのです。決済自体はどのチャネルで行われてもいいのだから、「いつ行っても、自分だけの体験を用意してくれている」という感動を生み出しさえすことが、これからのリアル店舗の1番の存在意義になっていくことでしょう。