百貨店は売り場再構築や協業でさらなる高みへ
実質賃金のマイナスが続き、消費が冷え込んでいる状況にもかかわらず、大手百貨店の業績は好調と報じられています。
主要な百貨店の株価は軒並み上昇し、その上昇率はTOPIX(東証株価指数)の上位にランクインするほどで、売上高も堅調です。宝飾品や高級時計、ハイブランド品を中心に国内富裕層、インバウンド需要が高まっています。
百貨店もこの好機をさらなる飛躍につなげるため、戦略的に施策を展開しています。売り場を大々的に再構成し、これまでテナントとして入ることがなかったサブカルチャーグッズを扱う店舗やドラッグストア、クリニックなどを誘致するといった新たな計画を検討、実行しています。
本稿では、百貨店の変遷と現在の株価についてふれた後、物価高や利上げがどのような影響を与えるのかについて解説しています。
その後の段落では、各百貨店が実施している、あるいは実施を計画しているさらなる飛躍のための施策について紹介しています。
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コロナ禍では、消費の冷え込みや緊急事態宣言による休業で苦境に立たされていた百貨店ですが、現在は主要百貨店株の株価が1年で平均55%以上も上昇するなど、小売業の覇者となっています。
物価高騰の傾向が続く中ですが、この勢いは衰える様子がありません。
今後も、インバウンドや富裕層をターゲットとして成長を続けると見られ、業績は堅調という見方が一般的です。
このV字回復の達成には、コロナ禍やインバウンド需要といった環境の変化だけでなく、現況に合わせて戦略を繰り返しアップデートした百貨店の努力も関係しています。
例えば、コロナ禍ではオンライン接客を試験的に導入したり、客足を戻すために体験型のサービスを実施したりしました。
百貨店はコロナ以前から売上の低迷が指摘されていましたが、困難な時代を乗り越えて復活を遂げたと言ってよいでしょう。
百貨店の株価は上昇
百貨店の時価総額上位3銘柄、すなわち三越伊勢丹ホールディングス、高島屋、J・フロントリテイリングの株価は、1年間で平均55%以上上昇しました。
TOPIX(東証株価指数)の18%という数字と比較すると、これが驚異的な数字であることが分かります。
特に三越伊勢丹ホールディングスの上昇は顕著で、2024年には過去最高売上を記録し、TOPIX500中でトップ10に入る上昇率を示しました。
日銀は7月末に開く金融政策決定会合で、利上げするかどうかを決めるとされています。
一般的に、利上げを行うと消費が落ち込むとされていますが、現状では急いで利上げする必要はないとする意見が多数派で維持が続くと予測されています。
ただし、今回見送りとなっても、今後どこかのタイミングで利上げが行われることは確実視されているため、その時に百貨店がどのように動くのかは今後注目していく必要がありそうです。
ターゲットはインバウンド、富裕層
百貨店が主なターゲットとしているのは、インバウンドと富裕層です。
円安が追い風になって、免税品の購買客数、売上は急上昇しています。
日本百貨店協会は、2024年6月の免税品購買客数は過去最多の数字になったと公表しています。また、2024年1月〜6月の免税売上高は、前年同期比約162%増で3,344億円となっていますが、上半期に3,000億円を突破したのは初とのことです。
富裕層向けの施策強化によって、国内の顧客売上高も上昇しています。
各百貨店ともに、VIPルームを新規増設したり、店頭には並べない特定の顧客向け商品のラインナップを強化したりと、富裕層の購買欲を喚起する取り組みを行っています。
高島屋では3〜5月の外商売上高が前年同期比で約10%増加するなど、富裕層に向けたセールスは好調です。
他の百貨店でも、時計や宝飾品という高価格帯の商品、ハイブランドの売れ行きは好調で、1万円を超える高価格帯のコスメアイテムも20代〜30代の中間層〜富裕層を中心に購入する動きが見られます。
今年は、梅雨入りが遅かったために外出しやすい気候が続き、加えて想定を超える猛暑によって夏物衣類やUV小物を購入する動きが強まりました。
全体的な消費傾向として節約志向は高まり続けていますが、自分の好きなものや特に気に入っている商品は高額でも購入するという「一点豪華主義」も傾向として見られます。
円安、物価高で変わる勢力図
小売業は一般的に円安を歓迎しません。円安が有利にはたらくのは、海外での売上高が高い自動車業界や、貿易などのトレーディング事業を行う商社業界といった限られた業界です。
小売業にとって円安は不利にはたらく要素が強く、現にある調査では百貨店や総合スーパーを含む各種商品小売業は、100%が「円安はマイナスの影響を与える」と回答しました。
円安がマイナスに作用すると回答した企業が希望する為替レートは、1ドル=125円(中央値)と、現在のレートと大きく乖離しています。
現在の150〜160円前後という為替レートから希望レートまで下がるのは、現実的とは言えず、円安は企業経営における重要な懸念事項の一つになっています。
とはいえ、百貨店に限っては円安が続くとインバウンド需要が期待されます。
なお、国内では25ヶ月以上も実質賃金が連続してマイナスとなり、消費を喚起しにくい状況が続いています。
国内の個人消費を活発化させる鍵となる実質賃金の動向も、為替と併せて見ていく必要があるでしょう。
生き残りを模索する百貨店
実質賃金のマイナスが続いていることで、消費者の財布の紐はかたくなっています。
多数の情報と商品の中から選んでもらうため、さまざまな戦略が繰り広げられています。
最近では、売り場の改築や再構築で新たな購買体験を提供する、専門店や海外百貨店と協力し、互いの強みを活かしてそれぞれの顧客層にアプローチする、といった戦略が功を奏しています。
売場の再構築
百貨店の売り場構成を刷新するという大胆な取り組みも行われています。
ある百貨店では、休業中に衣料品売り場を大幅に縮小して、高級ブランドショップのテナント、コスメ売り場、デパ地下の3つを中心とした売り場を構築する計画が進行しています。
これら3部門以外には、美容師やエステティシャンによる最新美容家電の体験サービス、美容師やメイクアップアーティストによるヘアケア用品の試用やメイクアップ体験サービスが受けられる、無料体験のスペースがかなりの広さで用意されると予測されています。
この体験型スペースは、広告宣伝の場所であり「顧客に商品を買ってもらう」という場ではありません。
しかし、巨大な百貨店を訪れる消費者へ、ダイレクトにアプローチできる場であり、その広告効果は大きなものでしょう。
これは、消費者の購買データ(行動データ)などを活用しながら、小売業のもつメディアで広告を発信するというリテールメディアの一形態となります。
広大な面積をもつ百貨店だからこそできるスペースの使い方は、実現すれば大きな話題となるでしょう。
専門店との融合
百貨店に入る専門店といえば、高級家具や知育玩具といった百貨店のイメージに合致する店舗が一般的でしたが、近年では今までにないタイプの専門店が百貨店に参入しています。
例えば、ゲームの公式グッズを扱う専門店や、中古漫画、中古トイを扱う店舗やドラッグストアなど、これまでは百貨店に参入することのないジャンルの店舗が登場しています。
また、映画館やホテル、医療モールなどを新設、増設して新たな来店者を誘致する百貨店もあります。郊外では、就業支援拠点であるハローワークを開設するという大胆な取り組みも見られました。
こうした言わば「脱百貨店化」は、若い世代の取り込み需要に応じて実施されているものです。
専門店の参入は、新規顧客獲得だけでなく、テナント賃料の収入を得る手段にもなるため、百貨店としてはメリットの多い施策と言えるでしょう。
海外百貨店とのコラボレーション
百貨店が高齢の富裕層以外に新たな顧客層として取り込みたい20〜30代は、MZ世代(ミレニアル世代とZ世代)です。ミレニアル世代は1980年〜1990年代半ばに生まれた世代で、ミレニアムである2000年に成人になったり、社会人になったりした世代のことを言います。
Z世代は1990年代半ば〜2010年代初めに生まれた世代で、現在の29歳くらいまでの世代を指します。
両者を合わせたMZ世代は、インターネットの進化とともに成長し、生まれた時にはすでにデジタルツールが身近だった世代です。
また、それ以前の世代よりもグローバルな価値を共有しやすい世代をされていて、ある国内百貨店はこれらの顧客層を取り込むために、韓国の百貨店と戦略的協業に関する基本合意を締結しました。
両者はいずれも高品質な高価格帯の商品を扱いつつ、若者のトレンドをいち早くキャッチして牽引するという役割を担っている百貨店です。
2024年5月から順次、日本の主要都市でPOPUP企画が展開されていますが、ゆくゆくは韓国と日本のカルチャーを中心とした、アジアのトレンド発信地として世界に展開していく計画も検討されているとのことです。
百貨店が次に到達する場所は
緊急事態宣言に伴う巣篭もり需要や、物価高による消費の冷え込みは、百貨店の終焉を告げるものと思われてきました。
しかし、現在は驚異的な回復を遂げ、インバウンドだけでなく富裕層を中心とした国内の需要にも対応し、株の世界では小売の勝者とも称されています。
激しいアップダウンを経験してきた百貨店は、良い状況がこのまま継続されるとは考えていないでしょう。
インバウンドの需要はわずかではありますが、中国を中心に減少傾向が見られます。
国内の顧客についても若い世代の富裕層や中間層を新規に獲得していく必要がありますが、少子化傾向が加速しているため、若い世代になっていくほど絶対数が少ないのが現実です。
各百貨店は売り場の再構成や、これまでとは異なる分野の専門店誘致、海外との協業など、未来に向けた戦略を少しずつ準備しています。
これらの施策のうち、どれが奏功するかについては未知数と言えるでしょう。
はっきりと分かるのは、従来の百貨店のあり方は過去のものになりつつあるということです。
人々のライフスタイルや価値観が変化するにつれて、百貨店も既存の役割から新しい立場、役割へとシフトすることを求められています。
未来の百貨店の存在価値を模索していくことが、生き残るための有効手段となるでしょう。