re:MARSで明かされたAmazon Goの技術と未来の小売業の牽引役としてのブランド性
2019年6月4日からアメリカのラスベガスで3日間行われたAmazonのビッグイベント、「re:MARS」。このイベントではAmazonが現在取り組んでいる最新技術について発表されました。
re:MARSの名前の由来は「Machine, Automation, Robotics, Space」の頭文字から来ています。元はMARSという小規模な招待制のシークレットイベントが2016年に開催されましたが、後に一般向けに公開されたのが今回のre:MARSです。
re:MARSでは機械学習やオートメーション、ロボティクス、そして宇宙をテーマにしてAmazonの展開している事業とからめた講演が行われました。
この記事では、re:MARSでより詳しく明かされたAmazon Goの仕組みについて解説していきたいと思います。
【目次】
Amazon Goの現状
Amazon Goは2018年にアメリカ・シアトルに第1号店を出店してから現在にいたるまでアメリカ国内の5都市で計12店舗を出店しています。Amazon Goについては、「Amazon Goでミライ体験!レジ無しAIコンビニの仕組み、技術と課題」を読めばどのようなものか理解できるかと思います。
現在は様々な顧客が広くAmazon Goを利用できるようになったため、その技術を体験するためにYoutubeなどで動画をアップロードしている人も多くいます。レジが全くない無人のスーパーで顧客は楽しそうに買い物している様子がうかがえます。
レジに並んで会計せずに、自分が欲しい商品を持ち出すだけで買い物が済むという体験は、思っている以上に顧客にストレスを与えず買い物をより楽しくするのかもしれません。
Amazon Goの仕組みが詳しく解説されたRe:MARSの講演内容
Amazon Goが初めて発表された時、技術的な解説はそれほど熱心にされた訳ではなく、利用方法に関する簡単な説明にとどまった印象でした。しかし今回のイベントでは、Amazon Goがどのように動いているのか、また運用にあたり直面した課題とその課題にどうアプローチしたのかという点についても解説がされており、非常に興味深い内容となりました。
次の動画はAmazon Goに関する講演の様子です。
Amazon Goの講演を行ったのはAmazon Goの副社長であるディリップ・クマール氏。
クマール氏はAmazon Goのレジなしスーパーを実現させるための手段を次のように端的に表現しています。(次の内容は上記のYoutube動画からの抜粋)
“In order for us to generate accurate receipts we needed to keep track of the interactions that you have with the products, and associate those interactions to the nearest customer account easy enough to visualize.”
「精確な会計を行うために、顧客の手にしている商品の追跡と一番近くにいる顧客のアカウントをわかりやすく視覚化する必要がありました」
画像の後ろに写っているのはAmazon Go店舗内で顧客が動いている様子を視覚化したものです。見てわかるように非常に狭い範囲内で顧客が行き交っているのがわかります。中には顧客同士が非常に近い位置で重なっている部分も見て取れます。
クマール氏はAmazon Goが実用化されるまでの問題をいくつか挙げました。
“Because people are moving around continuously, actions are happening continuously, and when people get very close to each other, there’s simultaneous actions that are happening where multiple people are taking items in very close proximity to each, other events that are very close in space and time,”
「人々は絶えず動き続けるため、(顧客の)行動は連続的に起こっており、また複数の人間が商品を非常に近い位置で手に取っているとき、他の行動も複数の人間により非常に近しい空間と時間で起こっています」と説明しており、顧客と商品のトラッキングが非常に難しい課題であったことがうかがえます。
Amazon Goの「Just Walk Out」システムを動かしているものは、複数の最新技術を組み合わせと、エラーも含めた大量の合成データの集積、またその解析の結果であると言えます。
店内の天井には無数のカメラが備え付けられており、このカメラによって顧客の位置を測位しています。カメラは顧客の行動を精確にトラッキングするために店舗の天井に無数に取り付けられており、棚にある商品が手に取られた時点で取り付けられたセンサが反応し、一番近い顧客のAmazonアカウントに請求が行われるというしくみになっています。
Quartzの記事では、Amazon Goのシステムを「コンピュータ・ビジョン、複数のセンサから受け取ったデータの統合、ディープラーニングといった自律的自動運転のはたらきに似たAI技術」と表現しています。
(The sensor- and AI-powered technology is similar to what makes self-driving cars work: computer vision, merging data from multiple sensors, and deep learning.)
出典:Quartz
https://qz.com/1635952/how-do-amazon-go-stores-work/
Venture Beatの記事では、「AmazonのエンジニアたちはAmazon Goが顧客への請求データを精確にすることを保証するために、顧客の位置測位とディープラーニング技術を最大限に活用したコンピュータ・ビジョン・アルゴリズムを開発した」と書かれています。
Amazon GoにはAmazon独自のクラウドサービス、AWS(Amazon Web Service、Amazonが提供している様々なクラウドサービス)のKinesis(キネシス)が用いられていると言われています。Kinesisはビデオ映像データなどを迅速に処理するためのシステムですが、どのように活用されているのか詳しくは不明です。
Kinesisの特徴はAmazon web serviceのなかで次のように説明されています。
Amazon Kinesis は、アプリケーションの要件に最適なツールを柔軟に選択できるだけでなく、あらゆる規模のストリーミングデータをコスト効率良く処理するための主要機能を提供します。Amazon Kinesis をお使いになると、機械学習、分析、その他のアプリケーションに用いる動画、音声、アプリケーションログ、ウェブサイトのクリックストリーム、IoT テレメトリーデータをリアルタイムで取り込めます。
Amazon Kinesis はデータを受信するとすぐに処理および分析を行うため、すべてのデータを収集するのを待たずに処理を開始して直ちに応答することが可能です。
出典:Amazon
https://aws.amazon.com/jp/kinesis/
Amazon Goが直面した課題
Amazon Goは非常に複雑なシステムによって動いており、Just Walk Outシステムは顧客が入店してから退店するまでの一連の動作を絶え間なく追跡しています。
また商品によってはケースが柔らかいものであれば顧客が手にした瞬間に形が変形するものもあれば、商品を手にした顧客の手によってラベルが見えづらくなったり、店内の照明の反射によって画像解析がしづらくなるケースもあったでしょう。
この気の遠くなるような顧客の行動分析と商品画像分析は機械によってしかできません。
もし人力でAmazon Goと同じことを行おうとしても、(店員が顧客の行動を張り付いて監視しているのも気味が悪い光景ですが)見落としや集中力の低下により長時間の正確性は保証できないでしょう。そもそも、同じことを人員でカバーしようものなら人的コストがかかりすぎるため、経営者はより人員が少なくて済む従来のレジ会計にしたがるでしょう。
Amazon Goでは複数の最新技術の組み合わせによって人物を特定し、顧客がどの棚のどの商品を取ったのか、また購入をせずに戻したのか、距離が近い顧客の会計を混同していないかといった様々な課題を解決する必要がありました。天井のカメラによって顧客の行動やポーズを捉えていますが、顧客の顔認証は行われていません。紐づけているのは事前にインストールされたアプリのアカウント情報です。
”Who Took What?”という単純な問いを解決する
Mediumの記事では、Amazon Goのシステムについて重要な問いを3フレーズで端的に表現しています。
「Who took What?(誰が何を取ったのか?)」
誰が、どの商品を取ったのか。単純な問いですが、これを解決するには非常に複雑な答えを用意しないといけません。
参考:Medium
https://towardsdatascience.com/how-the-amazon-go-store-works-a-deep-dive-3fde9d9939e9
さいごに
以上、re:MARSで発表されたAmazon Goの仕組みについての情報でした。
最初のAmazon Goのオープンまで延期が重なりましたが、おそらくAmazonは不完全な状態で出店することが今後の評判にもつながるとして慎重に正確性の向上に力を入れて来たのではないかと考えられます。事実、無人レジスーパーのAmazon Goの出現は世界中に大きな衝撃を与えました。Amazon Goに続くかのように、日本でもAIを活用した無人レジに関するニュースが大きく報道されました。
秋葉原の「Developers.IO CAFE」はAmazon Goと同じような購買体験を実現しようと開発された仕組みを利用したカフェです。
ただし、まだまだテスト段階にとどまっているところがほとんどで、実際に運用できている企業は少ないのが現状です。
大手小売企業で同様の取り組みができれば、日本で最初の無人レジスーパーもしくはコンビニとして注目されることでしょう。
今回のイベントで印象的だったのは、Amazon Goがどのようなしくみで動いているかという説明が主で、まるでAmazon Goがひとつの実験の結果として語られていたことでした。無人化、省力化につながっていることは確かですが、未来の小売業の牽引役としてブランドイメージを強く印象づけたかったのかもしれません。
※この記事はAmazon Go uses synthetic data to train cashierless store algorithmsを元に本ブログが日本向けに編集したものです。