接客クオリティを高めるために、AIが必須となる時代が到来?
内閣府が提唱する未来社会のコンセプト「Society 5.0」では、AIやロボットが人々と共存している、とされています。
それはつまり、AIやロボットが日常生活のあらゆる場面に溶け込み、人々と様々な形でコミュニケーションを取っている状態が実現することを意味しています。そして「様々な場面」の一つには当然、リアル店舗における接客も含まれます。
これまでも接客を担うAIについては様々なものが登場し、実際に店舗に導入されているケースもありますが、今後の進化と共に、AIが接客において担う役割やポジションも徐々に変わっていくことになるかも知れません。
本稿では、様々な形で接客に関わるAIの現在地と未来予想図について、事例も交えながら考察していきます。
目次:
AIそのものが接客をするソリューション
現在、実用化されているのは、多くの場合AIそのものが接客を担当するソリューションです。ティファナが手がける「AIさくらさん」や、最近ではハタプロ・ロボティクスが手がけるミミズク型のAIロボット「ZUKKU」などが有名でしょう。
AIさくらさん
コンシューマーからの問合せに対して、多言語に対応する音声やテキストで答えることができる「AI接客システム」です。
機能的にも一見チャットボットと同様のシステムと感じられますが、チャットボットが手作業でFAQ等の追加修正をしなくてはならないのに対し、AIさくらさんはコンシューマーとの会話を重ねる中で自己学習をし、回答の精度はもちろん、雑談も含めた「人間的なコミュニケーション」を向上させることができます。
基本的には、何かしらのインターフェース上で、女性のアニメキャラクターがコンシューマーに対峙して接客する形となっており、同様のスタイルで、オフィスでの受付業務や、新入社員・中途入社社員サポート、ECサイトやコーポレートサイトにおけるウェブ接客など、店舗接客以外の用途にも幅広く活用できます。
ZUKKU
身長10cm程度の小さなフクロウ(ミミズク?)型のAIロボットで、「AI/IoTを凝縮させた手軽なサービスロボ」というコンセプトのもと、比較的安価な導入コストで、利用する施設等の利便性を向上させることを目的としています。
性別や年齢、表情などを認識し、利用者や利用時間帯にマッチした広告やインフォメーションを配信できるため、接客のみならず、販促活動にも寄与できるロボットとして注目されています。
ZUKKUも多言語に対応可能であり、店舗だけでなく、受付窓口や様々なサービスカウンターにおけるKIOSK端末として活用できます。
これらのAI接客ソリューションは、トイレや商品等の場所案内や、外国人客への多言語対応、あるいは、ある程度やり取りのフォーマットが決まっているセールストークを担い、人手不足にあえぐ店舗における省人化・省力化に多大な貢献をするものであると言えます。
ここで言う「やり取りのフォーマットが決まっているセールストーク」とは、「AI接客ソリューションの存在が購買意欲を削がないことが前提の」と言い換えてもいいかもしれません。
つまり、AIソリューションの存在がブランドの世界観を左右しないような店舗であれば、大いにその機能が真価を発揮することでしょう。
逆に言えば、その存在が邪魔になってしまう店舗もある、ということです。
TPOにそぐわない“キャラクター”になるリスク
5年ほど前に、世界で初めて量産された人型ロボット、Pepperが多くの店舗に接客目的で導入されたことは記憶に新しいかもしれません。
しかし、例えば高級な食材を売りにする飲食店や、伝統的な温泉旅館に置かれたPepperが放つある種の違和感に困惑したことがある方もいるでしょう。まだ「人型ロボットに話しかける」という行為が珍しいうちは気になりませんが、それに飽きられてしまった後では、よほど素晴らしい提案がPepperから出てこない限り、その違和感は徐々に大きくなり、ついにはブランドの世界観を壊すことに直結するでしょう。
このリスクはPepperに限ったことではありません。上記項目で挙げた「コンシューマーに直接対峙するAIソリューション」は、コミュニケーションを円滑にする上でどうしても外見や声などのキャラクターを持たせなくてはいけません。そしてそのキャラクターは、時として店舗にとって諸刃の剣です。
したがって、自社の店舗にコンシューマーが何を期待して来店するのかを充分に理解した上で導入を検討する必要があるでしょう。
「人間の接客の質」を向上させるAIツール
この先どれだけリテールテクノロジーが進化し、利便性が向上したとしても、人間ならではのコミュニケーションが廃れることはないでしょう。むしろ、未来型の店舗が台頭すればするほど、コンシューマーは人間同士のウェットなコミュニケーションを欲するとも言えます。
その傾向は、ユニファイド・コマースに特化した「NIKE by Melrose」の例など、世界のトップブランド がこぞって“コミュニティ・ドリブン”な店舗を生み出していることからも伺えます。
そのような店舗では、店頭に立つスタッフ一人ひとりの魅力そのものが、コンシューマーにとって来店の目的となるものです。機能的な面ではなく、「情緒的な接客クオリティ」を向上させるには、まだまだ人間同士のコミュニケーションを向上させる必要があるのです。
この「情緒的接客クオリティ」を組織的に高めようとしたときにもAIが役立つかもしれません。
Com Analyzer(コム・アナライザー)
「Com Analyzer(コム・アナライザー)」は、NTTデータが主催する新規ビジネス創発事業から生まれた、AI接客トレーニングツールです。スマートフォンやタブレットからインターネット経由でアクセスするWEBサービスなので、いつでもどこでも手軽に利用することができるのが特徴です。
デバイスのインカメラで自分の話す様子を30秒ほど撮影すると、AIが顔の表情と声をパラメータ化し、「親しみ」「熱意」「落ち着き」の掛け合わせを評価し、得点化してくれます。
話している内容が同じでも、表情や声色によって受け取られ方の印象は当然変わってきます。しかし、これまでは、表情や声のどこがどう悪いのか、何をどう直したらいいのか、そしてどこまで直したらいいのかは、指摘する人のさじ加減でしかなく、スタッフ本人が自分の接客の欠点を客観視することは難しかったのです。
しかし、コム・アナライザーはそれを得点という形で、先入観なしに可視化してくれるため、接客トレーニングする本人が自分の特徴を客観視でき、弱点を改善しやすい環境を整えてくれます。
現状コム・アナライザーは、生命保険会社のセールストレーニングなどに導入されていますが、「コミュニティ・ドリブン型」の店舗においても、最低限の好感度を企業として担保するベース作りに役立てることができるでしょう。
ベースができれば、その上にスタッフごとに違う「個」を押し出す接客も、さらに効果的になるのではないでしょうか。
「印象の可視化」そのものを提供するAI接客
あるいは、先入観なしの「印象の可視化」そのものを顧客に提供することが接客に繋がるケースもあります。それを実行しているのが、メガネブランドのJINSです。
JINS BRAIN Lab.
JINSは、2019年の1月にOMOの実験店舗として「JINS BRAIN Lab.」を上野駅にオープンしました。ここでは、AIを搭載したスマートミラー によって「メガネの似合い度判定」という体験をコンシューマーに提供しています。
店内のメガネフレームを装着して鏡の前に立つと、そのメガネが似合っているかどうかを「男性目線」「女性目線」それぞれから、同時に判定し、定量的なスコアで提示してくれます。70点以上で「似合っている」という判定になるのですが、男性からの評価と女性からの評価が異なるため、どちらからの印象を大事にするかでメガネの選び方が変わるわけです。
これまで意外とスタッフに聞きづらかった部分を客観的なスコアとして見せてくれるため、体験として楽しいだけでなく、購買の判断材料を提供するという機能的な接客にもちゃんと寄与している事例と言えます。
先入観なしに、対象物に対して世の中が抱く印象をスコア化するという作業は、おそらくAIの最も得意とする部分であり、サンプル数が増えれば増えるほどその精度は高まっていくはずです。悩めるコンシューマーにとって、判断材料(買う決め手)を提示してくれることは良い接客の条件の一つなので、アパレル系の店舗などでは同様のツールがあることで接客の質向上を実現できるのではないでしょうか。
さいごに
AIはまだまだ進化の途上。今は「暗黙知を形式知に変える」、「転移学習ができるようになる」、「問題設定を途中で変えることができる」といった課題解決に取り組んでいる状況です。
これらが可能になった暁には、例えば「カリスマ販売員のスキルを定量的なスコアにすることで、再現性のあるスキルにする」ことができたり、「ある商品を爆発的に売ったセールストークを違う商品用に自動的にカスタマイズする」というように、省人化・省力化だけではない形で、AIが接客に寄与するようになる未来が待っているのかも知れませんね。