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無人決済店舗「TOUCH TO GO」が、システムの外販サービスで目指しているもの

去る3月14日、JR山手線新高輪ゲートウェイ駅のオープンと同時に話題になったのが、無人決済店舗「TOUCH TO GO」(以下TTG)です。

TTGでは商品を一つ一つスキャンする必要はなく、ユーザーは購入したい商品を手に取り、交通系ICカードをかざすだけで決済が完了します。

多くの小売店が、働き手を確保することさえ難しかったコロナ禍中でも安定した売上を維持した同社の無人決済システムは、今、外販に向けての準備を進めている最中です。

今回、株式会社TOUCH TO GO 代表取締役社長・阿久津 智紀さんに、システム外販についての詳細と、そこに込められた小売業への想いを語っていただきました。

阿久津氏のお話を通じて見えてきたのは、TTGは、同じく無人決済を可能にしている「Amazon Go」等とは全く異なる思想で構築されている、ということでした。

※本インタビューは感染症対策のためリモートで行いました。

目次:

阿久津 智紀(あくつ ともき)

株式会社TOUCH TO GO 代表取締役社長
1982年、栃木県生まれ。2004年専修大学法学部卒業後、JR東日本へ入社。駅ナカコンビニNEWDAYSの店長や、青森でのシードル工房事業、ポイント統合事業の担当などを経て、ベンチャー企業との連携など、新規事業の開発に携わる。2019年7月より現職。

人やモノを追跡する技術だけでなく、決済やPOSまで一気通貫して作ることが重要

——最近、東京でも緊急事態宣言が解除されましたが、新高輪ゲートウェイ駅のTTGにもお客様は戻ってきましたか?

阿久津さん(以下敬称略):そうですね。直近では安定して日商30万円ぐらいで推移しています。高輪ゲートウェイ駅自体が新しいため、割と観光地的な要素を持っていて、そのおかげもあるかなと思います。

そもそも今はJRの乗降客が大幅に減っている、という中でこの売上を維持しているのは、そういった観光地的な要素に加えて、TTGが買い物の楽しさをお客様に提供できていることの現れだと考えています。

——国内外含め、近年、無人店舗やレジレス店舗のニュースはよく目にしますが、どれもPoCの域をなかなか脱することができていないという印象を受けます。その中でTTGが商用化を実現できている理由はどこにあるのでしょうか。

阿久津:私たちはこれまで大宮駅、赤羽駅での取り組みも含めて2回のPoCを重ねてきています。そこである程度どのあたりがトラブルの原因になるかなども含めて知見が貯まっていることが大きいと思います。

例えば、「人やモノをずっと追跡する」ということは基本的に難しいことです。したがって、赤羽駅でのPoCでは入店制限を3人にしていましたが、そこで得られた知見を踏まえて、準備をした上で、今回は10人同時に入店できるようにしています。

——TTG以外の事例がPoCからなかなか一歩を踏み出せない事象については、何がボトルネックになっていると思いますか?

阿久津:例えば、日本の企業が海外のスタートアップやベンチャー企業と組むと、結局その技術についての理解が足りない、というケースが多いと思います。人やモノを認識させることはできるけれど決済周りのソリューションや既存のPOSに対応できないなど、日本独自のものと技術的なマッチングがうまくいっていないという印象です。そういった部分を一気通貫して自分たちで作りきれる、ということが重要なのです。

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小売の現場を知っているからこそ実現できた素早い商用化

——TTGの起ち上げや運営には、阿久津さんご自身の「NEW DAYS」での店長経験や、青森商業外発での経験が活きているのでしょうか?

阿久津:そうですね。それらに加えて私には自販機ビジネスの経験や、「JRE POINT」での売上管理システム統合の経験を通じて、POSや業務システムへの理解もあります。小売のシステムを構築するのに必要な業務を一通り経験しているので、押さえなくてはいけないところが感覚的に分かっている、というのは大きいと思います。

TTGのシステムを他の企業様に導入する際にも、「これはPOS連携が必要だからスケジュールをこれぐらい持っておかなきゃいけない」というような部分を念頭に置いてやっていますね。

——やはり、現場経験があるからこそ分かる課題感などを阿久津さんが全て握っているからこそ、商用化をここまで早く実現できた、という印象を受けます。PoCから抜け出せない事例などは、「現場ならではの課題特定力」がないことがボトルネックになっている可能性もありますね。

阿久津:システムを導入する側では「今のオペレーションにシステムを合わせてほしい」という形になると思うのですが、それは結構難しいことなんですよね。現状と変わらずアナログで対応することと、システムで対応することを業務的に見極めることが重要だと思います。

私たちは「アナログとデジタルをいい塩梅に融合する」というのを基本的なモットーにしてやっています。デジタルで省人化・省力化をしつつも、アナログでやるべきところはアナログでやる、という“際(きわ)”を見極めることを大切にしているのです。

——TTGがAmazon Goの“Just walk out”的な仕組みを取り入れていないのも、そのような考えがベースになっているのでしょうか?今後もスマートフォンが消費者の行動起点となる時代が続くので、ニーズはあるとも思えます。

阿久津:そうすると、アプリをダウンロードしてもらうための集客などにもコストがかかります。日本でスマートフォンにクレジットカードを紐付けているユーザーで、NFC(Near Field Communication=近距離無線通信)を使える人というのは、実は母数的に少ないので、それでは商売が成り立たないでしょう。したがって、そこは今のところ全く考えていません。一方で、現金決済やクレジットカード決済といった決済手段の拡充は今後予定しています。

TOUCH TO GO店内。交通系ICカードで決済する様子

売上を伸ばすのではなく、省人化によって収益を向上させるシステム

——TTGのシステム導入は月額50~80万円程度のサブスクリプションを想定されているとのことですが、導入の際にイニシャルコストはかかるのでしょうか?

阿久津:基本的にはイニシャルフリーで考えています。

——御社に導入の相談を持ちかけてから実際に店舗をオープンできるようになるまではどのぐらいの期間がかかりますか?

阿久津:2、3ヶ月いただければ大丈夫だと思っています。

——導入する際に、留意しておくべき点はありますか?

阿久津:まず、念頭に置いていただきたいのは、既存の店舗で人の手で行なっているものからTTGのシステムを導入することで「売上を伸ばす」ということについては、不可能です。むしろ売上は落ちる、と考えておいていただいた方がいいでしょう。やはり多くの点数を販売したり、細かな商売をすることに関しては人の手には全然敵いませんので。

逆に、省人化することで、単純作業に工数が割かれていた部分を手厚い接客や“おもてなし”に充てたり、人がいなくても営業できるという利点を活かして営業時間を伸ばすことで、落ちる分の売上を担保する、というイメージをしておいていただけるといいと思います。

まずはこの人手不足の状況で、お店を開ける、ということ自体が命題だと思いますので、そこをサポートするシステムとしてTTGを捉えていただければ。

——導入に適した店舗の広さについても明確な基準があるとお聞きしました。

阿久津:はい。収支感も含めて、高輪ゲートウェイ駅の店舗ぐらいの広さ(約18坪)が、競合店舗もありませんし、人の手が行き届かない部分がある、最もTTGに適した広さであり、私はそれを「自販機以上、コンビニ未満」の規模の店舗と呼んでいます。

それよりも広い店舗になってくると、エンドの変更が頻繁にあったりなど逆に人の手で行なった方が効率的な店舗形態だと考えており、そのような店舗では、技術的には可能でも、TTGのシステムを導入するメリットがないと認識しています。

——しかし、外販を公表されてからは、想定以上の広さの店舗を運営されている企業などからも問い合わせが多数あるのではないですか?

阿久津:ありますね。例えば大きなスーパーを運営されている企業からお話をいただいたりしています。そこまでの規模になると費用対効果も含めて厳しいと思いますので、そういう場合は正直にその旨をお伝えしています。

店舗の規模感さえ合えば、例えばタバコは絶対に販売できないなど品目に多少制限はありますが、基本的に難しいことはありません。

おじいちゃん、おばあちゃんがアルバイトでも直感的に使える

——TTGを導入する際には店舗のオペレーションなどがかなり変わる可能性があると思いますが、運用のコンサルティングなどについても御社がサポートする体制になっているのでしょうか?

阿久津:そうですね、導入する際のオペレーション、コスト感、売上の経過など、企業様にとっては全く新しいものになると思うので、極力私たちがフォローに入るようにはしています。しかし、基本的な思想として、小売の従来の従業員オペレーションやお客様のお買い物体験自体は、なるべく変えないようにシステムを作っている、ということがあります。

極端な例え方をすれば、私のおじいちゃんやおばあちゃんがアルバイトで入っても使用できるようにしておく、というぐらいバックオフィスは相当簡略化され、直感的に使えるようになっていると思います。

——運営側だけでなく、来店するお客様に対するサポートも必要になってくると思いますが、そのあたりも導入企業に対して提供されるのでしょうか。

阿久津:はい。何かトラブルがあった時の問い合わせ先としてコールセンターを持っているので、月額80万円の利用料に含まれる形で、そこで全ての導入企業様に対するサポート体制を整えています。

——「月額80万円」という利用料は、「人件費1人分程度の月額コスト」がベースになっていると伺いましたが、その根拠を教えていただけますか?

阿久津:コンビニや小売店の収益構造的に、どう頑張っても売上の5%ぐらいしか最終的な営業利益として残らない仕組みになっています。一番大きなコストは結局人件費です。その中で、TTGのシステムを導入してトントンだよ、ということでは企業様も導入するメリットはないでしょう。先ほども言った通り確実に売上は落ちるので。

そこで、2人分ぐらいの人件費を落として、そのうち1人分の人件費80万円をシステム導入費用にすることで、仮に売上は落ちたとしても、収益ベースではよくなる、という計算が根底にあります。おそらくこのぐらいがTTGを導入していただける限界の月額費用だろうなと考えているのです。

それでもまだ高いと思うので、この先導入企業を増やしてコストを薄め、理想的には月額50万円ぐらいまでは落としたいですね。

“現地に行かないと買えないもの”とのシナジー効果が高い

——「意外とこういう店舗にはTTGが合うんじゃないか」と考えていらっしゃる業種などはありますか?

阿久津:基本的に物販全般にハマるとは思いますが、中でもシズル感がある商品、ネットで買えないものを扱う店舗いいでしょう。例えば「おにぎり屋さん」のような専門的なものだったり、道の駅などで販売している鮮度感のある野菜や、現地に行かないと買えないものはTTGとのシナジー効果が高いと思っています。

——現地でしか買えないもの、といえば、JR東日本では地産品を紹介するショップ「のもの」を展開されていますよね。「のもの」ではTTGの導入はされないんでしょうか。

阿久津:私たちとしてはぜひ営業に行きたいなと思っています。「のもの」もそうですし、地方に行けば道の駅や、観光の窓口としてのお土産屋さんもあります。しかし、現状では商業的に厳しいとシャッターを閉めざるを得ません。そうすると、観光の窓口という機能は果たせなくなってしまうので、そういう店舗でお客様がお土産を買えるようにしておく、というのは、観光活性化の一つの手段になるのではないかなと考えています。

黒子でもいい、既存の小売店に貢献できるサービスを

——TTGは小売店にとっての省人化・省力化の明確なソリューションだと思いますが、さらにその先で、「新しい使い方」のようなことは考えていらっしゃいますか?

阿久津:新しい使い方、というよりは、同じような悩みを抱えていて、同じような技術が使える分野がたくさんあると思うので、そこへ水平展開することは考えています。例えば品物を見極める必要がある、農業や物流などで弊社の技術が使えるというイメージはありますね。

——今後、TTGのシステム外販を御社のコアにしてビジネスを広げていくのでしょうか?

阿久津:Amazon Goなどは、既存の小売店と戦って自分の土俵に持って行こうというビジネスだと思うのですが、私たちは新規参入してまで既存プレイヤーと戦うというつもりはありません。それよりも、今と同じく「自由に買い物ができる」とか、「自分の便利な場所で買い物ができる」という環境を守って行きたいと思っているので、既存のプレイヤーの方々に貢献できるシステムやサービスを作っていきたいのです。私たちは黒子でもいいので、TTGのような便利なサービスを使ってもらえる土壌を作りたいという精神でやっています。

——中国のアリババなどは、地方の小規模な商店に自社のインフラを提供することで、売上に貢献しつつ、そこから顧客の購買行動データを集めて、それを自社のさらなるビジネスに還元していくというような動きも盛んです。御社もJRという大きな企業が母体ということもありますし、TTGという便利なシステムを使うという“土壌”を作り切った先に、大きなビジネスの絵を描いていたりするのではありませんか?

阿久津:大企業は逆にそこまで小回りは利きません。だからこそ、あえて私たちは大企業ができない動きをしています。したがって、TTGをJRのビジネスのために行なうという考え方はありません。

ただ、JRの基幹事業に比べたら私たちは枝葉にしかなりませんが、リモートワークの普及などの要因で基幹事業がいつ倒れるかわからないような状況になってくると、その枝葉の部分をたくさん作っておいた方がいいとは思います。何が社会に適応してくるのかはわからないので。

——直近の目標としては、どのぐらいのペースで導入企業を増やしていくのでしょうか?

阿久津:今は5年以内に100箇所ぐらいにサービスを導入する、という目標で動いています。おかげさまでお問い合わせはたくさんいただいているのですが、私たちのリソースが全然足りずにすべてをお聞きできていない、というのが現状です。まずはシステム的な精度を高めることと、量販できる体制を整えるのが先決です。

——ありがとうございました。

さいごに

DXが語られる際、“OMO”や“アフターデジタル”といったワードと共に大きな絵を描くことだけがフォーカスされ、その実現可能性や具体的な方法論については十分に検証されない、というケースも散見されます。

その点において、TTGは徹底的にフィージビリティについて検証されており、規模感さえ合う店舗であれば即導入が可能で、より実践的なDXを実現できるシステムである、という印象を受けました。

もちろん、DXはそれ自体を目的にして行うものではありませんが、店舗の省人・省力化はもちろん、コロナ禍以降店舗において重要視されるソーシャルディスタンス対策、あるいは労働力の確保が難しい地域でも確実に顧客との接点を持っておきたい場合など、店舗における共通課題として、TTGがスムーズに解決できる領域はかなり広いのではないでしょうか。

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