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今考えるべきリテールテックワード『BtoE』〜従業員こそ、最も身近で最高のお客様〜

日本の急激な人口減少は、至る所で話題にのぼり、問題視されています。そして、それは小売業界にとっても例外ではありません。

国連公式サイト内の「World Population Prospects2019」によると、2019年に1億2680万人だった日本の人口は、10年後の2030年には約1億2000万人、2040年には約1億1700万人、2050年には約1億580万人と、近々1億人を切る勢いで減少を続けていきます。

今後30年で約27%の人口が失われるということは、そのまま小売業におけるマーケットも、それに等しい勢いで減少することを意味しています。

パイ自体が縮む一方という状況において、新規顧客の獲得競争も激化の一途を辿ることは想像に難くなく、それだけに、全ての小売企業にとって既存顧客の維持はこれまで以上に重要なミッションになっていくと言えるでしょう。

顧客をいかに囲い込めるかという観点に立った時、顧客と同じぐらい注目すべきなのが、「自社の従業員」です。

ともすると忘れがちですが、従業員は一歩社外に出れば全員が一人の生活者であり、大企業ともなれば、数千人から数万人の従業員が働いている状況は、見方を変えれば、それだけの人数の生活者と毎日接点を持てている、ということになるわけです。

これら従業員という生活者との接点を、ある意味無条件で持てている状況を活かすのか、それとも殺すのかによって、企業の未来は大きく変わってくると言っても過言ではありません。

そう言った意味で、これからの時代を生き抜く小売業となるためには、改めて「BtoE」という視点が必要不可欠になってくるのです。

目次:

従業員一人ひとりが自社に抱く印象の積み重ねが企業のパフォーマンスを左右する

BtoE、すなわち「Business to Employee」という言葉自体は特別新しいものではありません。以前からBtoB(Buisiness to Buisiness)やBtoC(Buisiness to Consumer)といった言葉と共に語られてきた考え方です。

広義では自社の従業員に向けたビジネスも、他社の従業員に向けたビジネスも、どちらもBtoEという言葉で括ることができますが、本稿では自社の従業員向けビジネスに限定した上で、小売企業が今BtoEにフォーカスすべき理由について、いくつかの視点から紐解いていきたいと思います。

注意しておきたいのは、従業員が指すのは正社員だけではない、ということです。契約社員、あるいは店舗で働くパート・アルバイトも等しく自社の従業員として捉えてBtoEを考える必要があります。

会社の制度として、全従業員を同等に扱うことが難しい部分もあると思いますが、正社員も契約社員もパートもアルバイトも、外側から見たら全員が自社のメンバーであるということ、彼ら一人ひとりが自社に対して抱く印象の積み重ねが、最終的には企業全体のパフォーマンスに影響してくることを決して忘れてはいけません。そのあたりの詳しい理由は、後ほど改めて説明します。

全てのEXは、CXに繋がっている〜BtoEがもたらす効果〜

近年、製品やサービスそのものでの差別化が難しくなっている中で、購買行動全体でCX(Customer Experience、顧客体験)を向上させることがいかに重要であるか、ということについては、どの企業も意識していると思います。

そして、BtoEに取り組むことは、CXと同じぐらい重要です。なぜなら、BtoEが生み出すEX(Employee Experience、従業員体験)は、全てその先にあるCXの向上に繋がっていくからです。

BtoEが企業にもたらす効果は、大きく分けて2点あります。

新規事業のテストマーケティング、PoCになる

新しい商品やサービスを思いついた時、それが机上でいかに優れたアイデアだったとしても、実際に市場に投じてみない限りは、実際に顧客に受け入れられるかどうかの判断はできません。

そこで、一部の地域でテストマーケティングを行ったり、特に最新のテクノロジーを活用したイノベーティブなサービスなどの場合にはPoC(Proof of Concept=概念実証実験)という位置付けで1店舗だけを稼働させたり、といったことが頻繁に行われます。

しかし、例え小規模であっても市場にビジネスを投入するのにはそれ相応のコストがかかります。システムの開発然り、オペレーション然り、そして、実際にサービスを利用した顧客の声を拾うための調査にも。

クローズドな環境でテストが行える

また、例えテストマーケティングやPoCであっても、ひとたび市場に投入されれば、それは良くも悪くも人々にオープンに評価されることを意味します。例えエグゼキューションに100%納得が行かない状態であることを自覚した上での市場投入であっても、悪評がSNSなどで拡散されれば、その声を気にすることで自社内で冷静な判断が下せず、プロジェクトが立ち消えるリスクがないとは言えません。

その点、自社の従業員限定という閉じられたマーケットであれば、サービスの投入コストも、リサーチのコストも比較的小さくて済むケースがほとんどだと思いますし、(従業員に心底恨まれるなど)よほどのことがない限り、クローズドなサービスの悪評が社外で話題になるリスクを心配する必要もないでしょう。

従業員が数千人から数万人という大規模な企業の場合は、BtoEの方がコストが安いとは言えませんが、すでに関係値が構築されている生活者がそれだけいる環境をテストマーケティング/PoCに利用しない手はない、という考え方もできます。

もう一つ、そのアイデアが「企業の福利厚生」的な立ち位置のサービスなのであれば、自社の従業員でワークすることがわかれば、それを他社に横展開して販売することも可能でしょう。

ロイヤルティ(Loyalty=忠誠心)の向上

従業員が自社の製品、サービス、ひいては自分が働いている企業そのものを好きになる体験(EX)は、その先にあるCXの向上のためになくてはならない要素です。端的に言って、自分が好きになれない企業のために、熱心に働こうという気になる人間はいないからです。

良いEXを積み上げて従業員のロイヤルティが向上していれば、近年しばしば取り沙汰される、アルバイトによる職場での悪質なイタズラ動画の投稿のようなリスクも減るはずです。

EXを向上させる要素には、様々なものがあります。当然、金銭的な報酬もその中に含まれますし、雰囲気のいい職場、そこでの人間関係などもモチベーションには大きく関わるでしょう。さらに、最新のテクノロジーを活かして、徹底的に業務を自動化、効率化することも、質の高いEXに繋がります。

このように、「質の高いEXを生み出す仕組みを設計し運用する」という意味では、働く環境を整えることも、広義の意味で「BtoE」と捉えることができるのです。

従業員と自社とのありとあらゆる接点において、(できるところではテクノロジーを活用して)徹底的に体験を向上させる、という考え方は、まさに、これからOMO時代を迎える小売業におけるCX設計と同様と言えます。

ただし、従業員の気持ちに寄り添わない形式だけの「働き方改革」——無理やり定時で仕事を切り上げさせ、残った仕事を自宅に持ち帰らざるを得ないなど——や、報酬だけでEXを上げようと考えるのは逆効果です。

特に、報酬以外のEXを軽視した場合、従業員はあくまでお金のために働くというマインドに陥り、課された最低限のミッションをこなすだけになる可能性があります。すると、CXの向上に直結するような、自主的な「+α」の発想もアクションも起こさなくなってしまうのです。

したがって、それ自体が自社のビジョンやミッション、カルチャーを体現していて、EXの向上と共に自社への理解を深められるBtoEの施策を設けられるのが理想的と言えるでしょう。

自社サービスを顧客の立場で理解する機会

例えば、「料理」を軸に様々なプラットフォームを展開するクックパッド株式会社は、「毎日の料理を楽しみにする」という企業理念を掲げていますが、オフィスには当然のようにキッチンが完備されており、そこには毎日新鮮な食材も用意されるそうです。そして、従業員はそれらの食材を使って朝食やランチを自炊することができます。

ランチ代を節約したい、同僚と料理を通じてコミュニケーションを図りたい、健康に気を使いたい——従業員が自炊をするモチベーションは人それぞれでしょう。そしてそれはそのまま、クックパッドのエンドユーザーが料理をするモチベーションに通じるものです。

さらには、同社のオフィスには、置き配型生鮮食品EC「クックパッドマート」のステーション(食品を受け取る冷蔵庫)が設置されています。同サービスは、忙しくて買い物をする時間がない人にも、パン一斤から本当に自分の好きな食材がリーズナブルに手に入る画期的なプラットフォームとして打ち出していますから、それを従業員がいつでも利用できるという環境を作っていること自体が、自社のビジネス、サービスを顧客の立場で理解すると同時に、自分のQOL(Quality Of Life)も引き上げるEXを生む、優れたBtoE施策であると言えるでしょう。

OMO時代にこそ価値が高まる「社員インフルエンサー」

質の高いEXによって従業員のロイヤルティが引き上がった先に考えられる施策の一つとして、「社員インフルエンサー」というものがあります。

トレンドの推移はあれど、未だSNSの勢いに衰えはなく、どんな企業にとってもSNSを活用したマーケティングは常に念頭に置くべき課題と言えます。その中で、自社のオリジナリティを担保しつつ、顧客とのコミュニケーションをより深められる可能性があるのが「社員インフルエンサー」の起用です。

インフルエンサーというと、フォロワー数が極力多い「タレント化」した人物にギャランティーを支払ってPR投稿をしてもらう、というのが一般的な考え方でした。しかし、今時の生活者はSNSリテラシーが高く敏感であり、感情のこもっていないPR投稿に対してエンゲージすることは(そのインフルエンサーの熱狂的なファンでもない限り)ないと言ってもいいでしょう。

しかし社員インフルエンサーの場合は、誰よりも製品やサービスに詳しく、生活者に身近な存在として、より狭く深いコミュニケーションを生むことが可能です。自社の製品/サービスが本気で好きな人物であれば尚更です。

もちろん、SNSが好きな人なら誰でも社員インフルエンサーにすればいい、という簡単な施策ではありません。なぜならSNSで多くのエンゲージを獲得するには、プラットフォームごとに緻密な戦略を立て、それに合わせたコンテンツを自ら生み出すことが必要不可欠であり、それができる人材は(本人にその自覚があるなしに関わらず)、ある意味優れたマーケター、クリエイターと同等の能力を持っていると言っていいほど、稀有な存在だからです。

逆に言うと、SNSで発信することが好きで得意な従業員にとっては、社員インフルエンサーとして起用されること自体が、ロイヤルティを向上させるEXとして成立するという側面があるのです。

社員インフルエンサーの事例:Macy’s

社員インフルエンサーの事例として有名なのが、米国百貨店の老舗、Macy’sでしょう。2017年の秋に20名の従業員を「Style Crew」というアンバサダーとして登用して以来、昨年にはその規模を拡大。InstagramやSnapchatといったSNS全体で400人を超える社員インフルエンサーのアカウントがアクティブな状態であると言います。

それぞれのアカウントから発信されるポストは、同百貨店で販売されているアパレルのコーディネート提案的な内容が中心となっており、Macy’sの公式サイト上にはそれらの投稿を集約した「Style Crew」のページも存在します。

Style Crewになる条件はMacy’sの従業員であることだけ。パートタイマーも役員もこのプログラム上ではStyle Crewという同等の立場で自主的な発信による販促を行い、その成果に合わせた報酬を得ることができます。

Macy’sの例に見るように、アパレルやコスメ、あるいは小売業ではありませんが美容院など、従業員個人のナレッジやスキル、パーソナリティが顧客のエンゲージメントを引き出しやすい業種においては、社員インフルエンサーは大きなポテンシャルを持っていると思います。

弊社エスキュービズムでも、従業員の販売力を「リアル店舗」という制限を外して活用する「TIGコマース」という動画プロダクトをリリースしています。これはまさにMacy’sのStyle Crew的な社員インフルエンサーのオンライン上での販促活動を「実売」に直結させるテクノロジーで、スマホで視聴する動画上に映った商品を直接触ってフリックすれば、一度ECサイトに遷移することなく、動画から直接商品を購入できる仕組みになっています。

様々な業務が自動化されていくOMO時代の小売業においては、魅力的な販売員による体温を感じるコミュニケーションが、顧客のファン化においてはますます重要になってくるはずです。それだけに、各人がコミュニティの中心となる力を持った魅力的な従業員(つまり社員インフルエンサーとしてのポテンシャルを持った従業員)は今後ますます価値が高くなるでしょう。そしてそのような従業員をどれだけ擁することができるかが、企業としての強さに直結してくると思います。

さいごに

BtoEの重要性について述べてきましたが、いきなり本稿で挙げたポイント全てに取り組むことは難しいと思います。当然、事業のフェーズによって優先すべきことは変わります。例えば、働く環境が大切だからといって、立ち上がったばかりでサービスが軌道に乗っていないスタートアップ企業が、誰もが羨むようなお洒落なオフィスを構えるのにコストをかけ過ぎるのは優先すべきものを間違えている、と言えるでしょう。

しかし、ともすると顧客の満足度のことばかりに目を向けてしまい、従業員満足度についてはおろそかになりがちであることもまた事実です。従業員の支えなしに、本当に素晴らしいCXを作ることはできません。

幸福度の高い従業員からは、必ず+αの顧客エンゲージメントを生み出すパワーがあるはずです。そのことを念頭において、今一度、全ての従業員の働く環境について見つめてみるべきではないでしょうか。

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