人とロボットが共存する「ソサエティ5.0」の実現はいつ?〜AI&ROBOT NEXT シンポジウム取材レポート〜
去る2020年1月16日(木)と17日(金)、新宿の「ルミネ0」で、「NEDO AI&ROBOT NEXTシンポジウム ~人を見守る人工知能、人と協働するロボットの実現に向けて~」が開催されました。
このイベントは、国内で研究が進められている最先端の人工知能技術や革新的なロボット技術が一堂に会し、実際にそれらに触れることができる貴重な機会となりました。
AIやロボットが人々と共存するとされる「ソサエティ5.0」の実現は、流通小売業にとっても大きな関心事。その実現に向けて、日本におけるAIやロボット技術の現在地、そしてアカデミアが描いている未来とは?
本稿では、初日に行われた基調講演の内容と、展示されたロボットの様子を一部抜粋してお届けします。
目次:
- AIは機械学習や深層学習だけではない
- AIの現在地
- AIは今後、より汎用的になっていく
- AIプロジェクトの課題を乗り越えるためのフレームワーク「機械学習プロジェクトキャンバス」
- 未来を感じさせる、「より人間に近い」ロボットたち
- さいごに
AIは機械学習や深層学習だけではない
イベントの口火を切ったのは、日本人工知能学会会長 浦本直彦氏による「人工知能技術の現状と未来」と題された基調講演です。浦本氏は普段、三菱ケミカルホールディングスという製造業企業に籍を置きつつ、DXの推進を手がけていらっしゃいます。つまり、アカデミアサイド、そして産業サイド双方からAIやロボットの現在地と未来予測を語ることができる稀有な人物です。
浦本氏によれば、人工知能は今「3回目のブームが来ている」といいます。最初は「AI」という言葉が生まれた1950年代、2回目は「エキスパートシステム」が実用化された1980年代、そして「機械学習」、「深層学習」に代表される現在のブームです。
ブームの影響もあってか、今「AI」と聞くと、この「機械学習」「深層学習」とイコールと考えてしまいがちですが、実はAIにはもっと様々な分野が存在するのです。日本人工知能学会では、これからAI技術を事業に活用したいという人のために、誰でもダウンロードできる「AIマップ」を用意しています。
AIの現在地
今ブームとなっている機械学習と深層学習を支えているのが、帰納的推論とIID(Independent and Identically Distributed、独立同分布)ということで、以下にごくごく簡単にその考え方を示します。
帰納的推論
例えば摂氏の温度を華氏に変換する場合、従来のやり方(演繹的推論)は、まず「摂氏に1.8をかけて32を足す」というプログラムを立てて、そこに数値をあてはめていくという方法でした。
一方帰納的推論では、プログラムから始めずに、まず摂氏と華氏それぞれの温度計で色々な温度を測ります。そこで測った温度一つ一つが「データ」であり、それらをプロットした表を見ると、なんとなく「ここに直線が引ける」という知見が見出せます。式に数値を当てはめるのではなく、データからモデルを作成し、そこから答えを導き出すのが帰納的推論なのです。
現代では、デジタルデータが大量に入手しやすい環境が整っているため、この帰納的推論を用いるAIが重宝されているとも言えます。
IID(独立同分布)
一般的に機械学習はたくさんのデータを集めてきて、その一部で訓練データ(モデル)を作成します。元のデータを分割して訓練データとテストデータを作った時、そのテストデータの確率分布は常に一定である(全体をシャッフルした時に、どこをピックアップしてもテストデータと同じような事象のデータが同じような確率で生まれる)、というのがIIDの前提です。
この前提が成り立っているからこそ、機械学習では過去の大量のデータから未来を予測することが可能になっているのです。
機械学習、深層学習のアルゴリズムを使った「Alpha Go」がプロの棋士に勝つなど、今は、特定の分野、特定のタスクにおいてはすでに人工知能技術が人間を上回るというところまで来ています。
今のAIは、様々な業種で地に足がついた形で使われ始めているのは皆さんも実感されているところではないでしょうか。上でも述べましたが、生産計画最適化や需要予測、予兆検知、異常検知、技能継承、ビジネスプロセス最適化など、AIの活用分野は想像以上に幅広いものです。
その中でも、浦本さんが身を置く三菱ケミカルなど「プロセス産業」と呼ばれる業界で注目されているのが「MI(マテリアルズ・インフォマティクス)」だそうです。
これまでのプロセス産業では、例えば新しい素材を作りたい場合、ケミストと呼ばれる化学研究者が、経験を頼りに化学構造をたくさん作成して、それらを一つずつ実験・検証する必要がありました。
しかし、MIでは帰納的なアプローチで化学構造を作れるため、膨大な実験の量を減らすことができ、効率的に新素材を生み出すことができるのです。
AIは今後、より汎用的になっていく
今後の人工知能技術は、例えば「問題設定を途中で変える」ことをできるようにしたり、画像ではなく言語でも転移学習ができるようにしたり、職人が持つような「暗黙知」を「形式知」に変えるというように、人間がある程度当たり前にできることをAIでどう実現するか、いかに汎用的なものにしていくか、という方向に進んでいくと言われています。
浦本さん曰く、「この10年はアカデミアと産業界がうまくタッグを組んでうまく回っている良い時期」であると言います。それは、「産業界という実際にAIを活用する立場からの様々な問題に対して、AIニーズを生み出す側のアカデミアが知識とノウハウで応えられている」からだそうです。
しかし、AIのさらなる進化を目指す過程で、両者の興味関心が少しずつ離れていく傾向にあるのではないかと予想されています。なぜなら、産業界としては、今実用化できる機械学習、深層学習というAIのアルゴリズムで様々なサービスやプロダクトを生み出し、利益を出してスケールさせたいという目論見があるからです。特に2020年はその「変曲点になり得る」と浦本氏は読んでいます。
AIプロジェクトの課題を乗り越えるためのフレームワーク「機械学習プロジェクトキャンバス」
浦本氏は、今あるAI技術を応用したプロジェクトを推進するのにも、いくつかの課題が存在すると指摘します。これは、本稿を読んでいる中にも思い当たる節がある方がいらっしゃるかもしれません。
データが不十分
まず一つは、機械学習、深層学習のために必要な「データが不十分」という問題。不十分というのは、データの量が少なかったり、「データが汚い(誤記、重複、表記揺れなどでそのまま使えない)」という状況を指します。
単発のPoCで終わってしまう
もう一つは、AI導入プロジェクトが単発のPoCだけに終わって、実務に導入するほどスケールできないという問題。
これらを乗り越えるための一つの材料として、浦本氏は、自身が作成した「機械学習プロジェクトキャンバス」という、AIプロジェクトのフレームワークを公開していますので、これからAIプロジェクトを始動させる予定があるという方は、ぜひ活用してみてはいかがでしょうか。
未来を感じさせる、「より人間に近い」ロボットたち
会場内のロボット展示ブースには、上でも述べた、「問題設定を途中で変える」など、一歩進んだAIを搭載したロボットが数点、実際の働きぶりを見せてくれていました。
実は、日本は「深層学習とロボットの協働」という分野に強みを持っているのだそうです。
展示されているロボットのテーマはそれぞれ、人間にとっては当たり前にこなせる行動を「ロボット自らが考え、判断し、作業する」仕様になっています。
以下、展示されていたロボットの中からいくつかをご紹介します。
お茶会ロボット2.0
様々な置かれ方をした茶道具をロボット自身が認識し、人間のような動作でお茶を点ててくれます。道具の形によって「つまむ」「すくう」など、作用の仕方までを認識するようにできており、そのために道具を置く場所を変えてもお茶を点てることができます。
実際には道具を認識する時間と、それに伴って動作を生成する時間が必要になり、お茶が完成するまでは5分ほどかかります。
動作の生成後、道具の場所を変えると上手くいかず、困った表情を浮かべる(そのようにプログラムされているのですが)ところなどは微笑ましく、人間味を感じさせてくれます。
ハンカチを裏返すロボット/衣服の折りたたみをするロボット/タオルを巻くロボット
この動作は人間にとってはなんてことはないものなのですが、「柔らかいものの扱い」は、ロボット界の喫緊の課題なのだそうです。
こちらに展示されているロボットも、ポイントは「自分で考え、試行錯誤しながら」ハンカチを裏返したり、衣服を折りたたんだりするところにあります。
それゆえに現状では、作業が成功するまで、なかなかもどかしい動きを見せます。印象的だったのは、デモンストレーションを説明する技術者の方々が、まるで幼児やペットの犬などに向けるような、「優しく見守る眼差し」をロボットたちに向けていたところです。
もしAIやロボット技術がもっと進化して、人間と変わらないレベルで作業を行えるようになったら、「叱る、激詰めする」という行為も有効になるのかもしれません。
粉体を計量するロボット
粉体のような非常に微細なものを正確に測る、という行為も、柔らかいものの扱い同様に、今後のロボットが解決すべき課題の一つなのだそうです。
この技術が進化すれば、薬剤師の代わりとしてデリケートな薬品を取り扱ったり、あるいは家庭に従事するロボットとして、料理をすることなどに応用が効きそうです。
「海馬・扁桃体・前頭前野の機能を統合した脳型人工知能モデル」
こちらのロボットは「家庭用サービスロボット」となっており、障害物をよけ、床に散らばった玩具などをタイプ別に認識し、それらを所定の位置に戻す、というデモンストレーションを行なっていたのですが、非常に画期的なのは搭載されたAIです。
深層学習には大量のデータをインプットする必要があるのに対し、このロボットに搭載されたAIは、より少量のデータ(学習回数にして数回)で学習し、個人の経験に基づいた記憶の獲得と記憶に基づいた予測に適するモデルとなっています。つまり、より人間の脳に近い働きをするAIなのです。
今後は、海馬の他の機能(エピソード想起、統合、リプレイ)を追加するなど、より高度な予測・行動生成ができるように取り組んでいくそうです。
さいごに
現状のAIやロボティクスもすでに実用化が進み、流通小売業界でもそれらを活用したDXに取り組んでいる企業も多いと思います。
しかし、このイベントで語られ、展示されていた未来に目を向けると、AIやロボットと人間の関わり合いはさらに別の次元に移っていくに違いない、ということがはっきりと認識できました。
端的に言えば、ロボットはより人間らしくなるということです。それによって、これまで決められた膨大な量のタスクを淡々とこなしてもらう、ある種の効率化のみがロボットの役目だったのが、「体温を感じさせるコミュニケーション」が必要なタスク(例えばコンシェルジュのような高次元な対面接客など)さえも、ロボットに任せられる日が来るのかもしれません。